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【訃報】ありがとうウーゴ・マラドーナ!:J1昇格請負人ウーゴ・マラドーナさん死去。享年52歳。




みなさん、こんにちは。

去年の11月25日、伝説の「神の手」ディエゴ・マラドーナ選手が亡くなった。

そして、昨日12月28日にその実弟のウーゴ・マラドーナ選手

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が亡くなった。突発的な心不全による心臓発作のようだ。

おそらく、これもまたワクチン接種による心筋炎に起因するものだろうと思われるが、原因は普通の心臓発作死になるだろう。


ウーゴ・マラドーナ選手といえば、J-リーグ。

兄のディエゴのようなワールドクラスの選手ではなかったから、サッカー不毛の国日本のJリーグの草創期に我が国やってきた。

彼は我が国で日本人と同様にサッカーを学び、練習し、成長した若者だった。

いわば、日本サッカーが彼を育成した。

その結果、JFL選手、J2選手と成長し、J2では大活躍し、札幌をJ1へ昇格させる原動力になった。

その後、彼は引退し、イタリアで指導者になっていた。

そこでの悲報。

きっと母国のアルゼンチンより、我が国の方が彼の死を悼む人が多いのではなかろうか?





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たしかディエゴ・マラドーナが亡くなった時、我が国のサッカー特集番組でこのウーゴ・マラドーナさんもインタビューを受けていた。


ディエゴ・マラドーナ選手が世界デビューしたのは、我が国開催のU20W杯だったと思う。

1979 FIFAワールドユース選手権[編集]

ワールドユースでのマラドーナ(1979年)

マラドーナは20歳以下代表チームのキャプテンとして、日本で開催された1979 FIFAワールドユース選手権に出場。6試合中5試合で6ゴールを決め、ワールドユース初優勝に貢献した。チームメイトのラモン・ディアスが8ゴールを挙げてゴールデンシューズ賞(得点王)となり、マラドーナはゴールデンボール賞(MVP)に選出された。圧倒的な攻撃力をみせたアルゼンチンユース代表について、マラドーナは「文句なしに、自分のキャリアの中で一番素晴らしいチームだった」[56]、「僕らは猛獣のようにプレーしていたけど、大いに楽しんでもいたんだ。一番大事なことだけど、ファンがとても喜んでくれた。(中略)いずれにしろ、あのチームのことは決して忘れない。素晴らしいチームだった」[57]



だから、このマラドーナ兄弟と日本とはかなり因縁深いものがあるといえるだろう。


ヨーロッパ系の場合、欧州や北中南米の場合、支配層の富裕層の人種の寿命と被支配層の貧困層の人種との寿命には2倍近く差がある。

エリートは100歳近く生きるのに対し、被支配層は50歳程度の寿命というわけだ。

この意味では、マラドーナ兄弟は現地人との混血のある貧困層の出身の選手だった。


サッカーは貧民のスポーツである。貧困層の少年が自分の足一本で成功者になる。ハングリー精神のスポーツである。

一方、ラグビーは富豪貴族のスポーツである。力でねじ伏せるスポーツである。欧州白人エリートの優越感を満足させる虚栄心スポーツである。ラグビーはわざわざ身体の小さい貧困層を蹴散らして喜ぶスポーツに見えるからだ。

だから、私自身はサッカーが好きなのだ。

そんなサッカーにおけるアルゼンチンの被支配層の英雄だったマラドーナ兄弟。

その弟も亡くなってしまった。


この意味では、ウーゴ・マラドーナさんは日本妻をもらい日本でずっと指導者になっていた方が良かったのかもしれない。

おそらくイタリアよりはずっと健康的な生活が送れただろう。




ウーゴ・マラドーナ選手のご冥福を心よりお祈りいたします。合掌。RIP.

ありがとう、ウーゴ・マラドーナ!










by kikidoblog3 | 2021-12-29 08:31 | サッカー・スポーツ

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