みなさん、こんにちは。
今日も元気にキャンディーズで行ってみよう。
いまや最近では平成生まれの若者たちも70年代のキャンディーズの凄さを知り始めた感じがありますナ。
ちょっと前までキャンディーズ動画のコメントは何年も前のもので、しかも我々の世代前後のものしかなかった。
が、ここ最近になり、数ヶ月前とか数日前とかいうものが増えてきたからだ。
キャンディーズのユーチューバーはHeavenese同様に結構ウハウハ状態になってきたのではなかろうか?
今回は、スーパーキャンディーズという歌についてメモしておこう。これはキャンディーズのバックバンドになったMMPがキャンディーズに恋をして作ったものらしい。
MMPはミュージック・メイツ・プレイヤーズというものの略称で、渡辺プロの歌手ダンサーのスクールメイツの兄妹版の演奏者版である。もともとあいざき進也さん
のバックバンドだった。それが、1975年にキャンディーズのバックバンドになった。
以来、2年ほどキャンディーズの3人といっしょに日本全国で活動した。
もう一つの解散宣言・MMP( キャンディーズ 専属バンド) '77.9.1LIVE

そのリーダーが元ザ・ワイルド・ワンズの
渡辺茂樹:

さんだった。残念ながら、スーさんがなくなったちょっと後にお亡くなりになった。
最初は女の子のバックバンドなんてあほらしと嫌っていたのだったが、やってみると楽しくて仕方なくなった。
それでキャンディーズの3人への愛情を歌のにした。それが、
スーパーキャンディーズ
という歌だったようだ。歌詞がこれだ。
『 SUPER CANDIES 』(1977.12.05)
歌: MMP/ 詞: 森雪之丞/ 曲: 新田一郎
編:MMP & HORN SPECTRUM
錆びたバイクに
ムチをふるい
おまえさらいに
かけつけたのさ
10,000人の
野郎どもと
ケンカをしても
わたしはしない
愛しすぎちゃ
いけないことは
知ってるけど

悩まし気に
ミニのスカートが
揺れたら

もうダメ!
※
C・A・N・D・I・E・S
[C・A・N・D・I・E・S]
Super! Super!
Super! Candies!!
[Super! Super!
Super! Candies!!]
※
稲妻走り
大地われて
天下無敵の
スーパー・スタア
愛されたいと
おまえ歌い
まかしておけと
俺らは叫ぶ
愛しすぎちゃ
いけないことは
知ってるけど
俺がいなきゃ
すぐに泣きそうな
瞳に
クラクラ!
※~※
…
これを公演の途中で入れた。その間にキャンディーズの3人はもっと悩ましげな衣装に着替えをする。
そういう公演の前座のような歌だった。
そして、これからは実に興味深い。
ご存知のように、キャンディーズは1977年の7月17日の日比谷野外公会堂で、伝説の
普通の女の子戻りたい
という名言とともに、解散宣言を行った。
キャンディーズの真実 2 of 4
その時、
わたしたちは今度の9月で解散します
と蘭さんが言ったのだった。
つまり、本当はその1年前の1976年9月1日に結成ちょうど3年を契機に解散したかったのだが、ファンのために騙し騙しに1年間活動してきた。それに申し訳なくなり、1977年7月17日のライブで解散せんげして9月1日に解散記念公演を行うつもりだった。
その証拠が最近見つけた。これが今回のメモの目玉である。ちょっと前まではこれ存在には私は気が付かなかった。
史上最高のコンサート
キャンディーズ 日劇千秋楽 1977.9.1 Pt.1
キャンディーズ 日劇千秋楽 1977.9.1 Pt.2
- SUPER CANDIES (MMP)
- ハートのエースが出てこない
- 危い土曜日
- ハート泥棒
- 哀愁のシンフォニー
- 内気なあいつ
- その気にさせないで
- やさしい悪魔
- 年下の男の子
- 夏が来た
- 暑中お見舞い申し上げます
- 春一番
- DANCING JUMPING LOVE
- さよならのないカーニバル
(アンコール) - つばさ
- 暑中お見舞い申し上げます
- さよならのないカーニバル
1への参加者のコメント:
偶然、こちらの音源に出会えました。41年前の当日早朝から日劇前に並び、この会場にいた当時高校2年生のファンです。終演後、放心状態のまま外に出ると、当時の最高級デッキSONYのデンスケだったかでライブ録音されていた方がいて、確かその場でコピーをお願いしたのですがそれも難しく諦めていました。このシリーズ初日の日比谷野音にもいましたが、ご説明の通り、この日は自分のキャンディーズ史上最高のライブだったと記憶しています。 本音源のアップロード、心から感謝します。
2への参加者のコメント:
今更かもしれませんが、改めまして今、このステージ音源をこの驚異的な音質で聴けるのは本当にすごいことだと思います。「どれに」~「あやつり人形」の繋ぎで図らずも号泣がはじまり、「哀愁の」の紙テープを思い出すに至ってはもう言葉がありません。この千秋楽以来、今日は人生最良の日になりました。本当にULありがとうございます。
これはキャンディーズ史上最高のコンサートと言われた伝説のコンサートだったようだ。
このPt.2の最初にMMPの渡辺茂樹さんが自分たちのことを話す場面がある。
興味深いのは、そのコンサートにその時に参加し聞いていた人のコメントがあったことだ。
この録音はその人の目撃によれば、当時世界最高の音質を誇ったSONYのカセットレコーダーのデンスケで録音していたというのである。
デンスケとはこんなカセットレコーダーだった。
この1977年9月1日のキャンディーズのコンサートはものすごい完成度であった。
これ見ると、7月17日の解散宣言はその前から、キャンディーズの3人は計算して解散宣言を行っていたことが分かる。つまり、すべては9月1日に解散記念コンサートを行う予定だったのだ。
しかし、解散宣言したあとで、マスゴミ関係者のさまざまの圧力や契約などがあり、翌年1978年3月いっぱいまでは活動しなければいけないことになった。それをMMPにも告げた。
そして、この9月1日のコンサートの時に、MMPがキャンディーズのバックバンドをやるかもう止めるかの選択を迫られたが、その踏ん切りがつかないままこの9月1日のコンサートに至った。
そこで、MMPのチャッピーさんこと渡辺茂樹さんが、このコンサートを見て、最後の最後までキャンディーズと行動をともにすると宣言したのである。
まさに浪花節の日本男児の宣誓だったと言えるだろう。
おそらく、その場にいたファンの大半はいっしょに泣いていたのだろうと思う。
そして、それは伝説になった。
私は最後の1978年4月4日のファイナルコンサートが最高だったのだろうと思っていたが、
どうやらそうではなかったようだ。