みなさん、こんにちは。
いやはや、昨夜の歴史的一戦は、かつて我が国では「南蛮人」と呼んだスペイン人と大和民族との戦いになった。
そんな日本ースペイン戦は、日本がPK戦まであと一歩のところまで追い詰めたが、そこで失点。涙をのんだ。

(あ)監督の差
ツッコミどころ満載のこの試合は、本当にさまざまの問題が見えていたが、結論から言えば、
森保監督の采配ミスで負けた!
あるいは、
監督の差で負けた!
と言えるだろう。
欧州の名将vsドーハの悲劇組
の対決では、勝負は戦う前から決まっていた。
大会前の練習マッチで、日本が勝ち上がれば必ずスペインとは戦うはずだから、そういう意味で練習試合をし、1−1だった。
そして、勝てる試合をなぜドローに追いつかれたのかの原因まで判明していたはずだった。
まあ、あの「ドーハの悲劇」組の森保では無理。どうして、かつての野人岡野雅行タイプの前田大然や林を好むのか?
たまに入れたくらいで大喜びするなヨ
まさにサッカーバカ。いつになれば、こういうのが良いという時代が終わるのか?
俺にはまったく理解できない。俺は、釜本やインザーギのタイプを好む。
このチームをカニに例えれば、
カニの二本のハサミに相当したのが、堂安と久保。
カニの口から吹かれる泡が、林や上田。泡だから、何の訳にも立たない。
森保は、最後に日本の切り札であるそのハサミを下げ、子供だましの前田大然や三好を入れた。
この疫病神の前田が出た瞬間に、ハサミのないカニ。もはや料理されるだけ。
案の定、前田は最高の見せ場の決定機のヘッドを基本通りにゴールラインに叩きつけないで外す。まさに疫病神。
森保監督は、スペインとの練習マッチをまったく正確に正しく理解できなかったんだなと俺は思ったネ。
これが森保が就任以後ずっとやってきたこと。つまり、最後の最後に自分の判断ミスや理解力不足で采配ミスして負ける。
そして、それを選手の責任にして逃げる。
これが、ドーハの悲劇組の特徴。あの試合は、ミッドフィールダーの森保たちが、ボールキープしていれば、勝利した試合だった。それをいつものように攻撃に向かい、武田が簡単にシュートし、敵のボールになって最後の最後のコーナーキックになり、失点。
森保はこの悲劇からまだ立ち直っていない。教訓にできていない。
この意味では、もし森保を続投させれば、カタールでもまったく同じことを繰り返すだろう。
そろそろ、我々の世代のアマチュア時代の協会会長の田嶋、監督の西野、岡田、その後のドーハの悲劇組の三浦知良、森保、こういった世代からJリーグ世代へすべてを若返らせないといけないだろう。
1964年の東京五輪、1968年のメキシコ五輪の時代は、オリンピックはアマチュア選手しか出場できなかった。2021年の東京五輪では、最高レベルのプロが出場できる。
日本の選手はプロ化の影響を受け、それなりにレベルアップできてきたが、監督はいまだアマチュアレベル。これでは太刀打ちできない。
日本人監督も欧州リーグで指揮を取れるようなレベルの監督を育てないといけないだろう。さもなくば、監督コーチも他の競技のようにすべて外人に乗っ取られてしまう。
私が思うに、サッカーにおいても、こういうふうな人が出てくる必要がある。
「五輪選手を作る」。夢のまた夢の目標を掲げ、ただ真剣だった。アイデアもあった。それまで教えていたのは、自分のコーチのさらにコーチに教わった練習方法。「50年前の教えですよね。おかしいと」。根性がない、打たれ弱い、筋力が少ないと嘆く周囲に「その代わり、手足が長い、顔が小さい、運動センス、リズムが良い」と説いた。
努力と根性を辞めた。理論的に考えた。例えば首を鍛えること。「鍛えても僕らはダウンしていた。ナンセンス」。外車はバンパーを大きくして衝撃を受け止めるが、中の人間は揺れてけがする。逆にトヨタは周りが壊れる代わりに中の人間は衝撃がない。「力が逃げてダウンしない」。一切首を鍛える練習はやめた。
サッカー育成においてもこういうふうにまったく斬新なアイデアで新しいサッカーを作っていける監督を育てなければならないと思う。
たとえば、1964年東京五輪と1968年メキシコ五輪で日本サッカーを率いた西ドイツ人クラマーコーチは、目標となるサッカー像をこう描いた。
「サッカーとは、この広いピッチで、足でバスケットボールを行うことだ」
それから、57年。
ふたたびこういう斬新な考え方が必要だ。
すでにバレーボールやバスケットボールやハンドボールでは、すべてのプレーがセットプレーの時代に入って久しい。すなわち、すべての攻撃がサインプレー。適当なプレーは一切ない。その場で考えながら行うプレーは存在しない。完成されたサインプレーのフォーメーションでアタックを行う。後はシュートやアタックが入るか入らないかだけ。
サッカーもこういうふうにあるべきだと俺は個人的に考えている。
中盤で、遠藤が右手を上げて指で1を示す。すると、堂安と久保が「1」のサインプレーを開始する。例えば、右サイドのウィングプレーを行う。そしてすべて用意しておいたように全選手が動いてシュートまで行く。
スローイン、コーナーキック、フリーキックはサインプレーもあり得るというのが今だが、高校生はすべてサインプレーだ。だから、それ以外の攻撃もすべてサインプレーで行う。こうすれば、現代的なバスケットボールに近づく。もはやそこまでしないと相手を出し抜けない。考えながらプレーを選択していたら、スペインの方が経験値が高い。
こういう事のできる監督を育てるべきだと思う。
(い)謎
まずこのスペイン戦で、一番の謎といえば、一番大事な歴史戦でどうして我が国のエースの三苫がベンチ外だったのか?
これが理解できない。警告2枚だったのか?
冨安もベンチ外だった。冨安は累積警告か怪我。
原因は何であれ、一番の歴史戦で、ベンチ外にいる。
こういう選手たちは、いわゆる
(ツキや幸運を)持っていない選手
富安もいくら能力が高くても、大事な大会の練習で大怪我するとか、あまりにおバカすぎる。
実はこういうのは、一種の逃避行動なんですわ。本番でだめだったらどうしよう。そういう恐怖心から無意識のうちに練習でわざと無理して怪我をする。
ベンチに入れば、「もし俺がいれば勝てた」とかあとでいろいろ言えるからナ。
こういう選手はもう必要ないだろう。
だめな選手はだめ同士で中が良い。
(う)避けるディフェンダー
まあ、この試合の直接の戦犯はこいつ。板倉
この試合の失点シーン。こいつがアセンシオのへなちょこシュートを怖がって避けたから、GKが届かず失点したわけだ。
アセンシオがシュート態勢に入る。ここまでの位置取りは正しい。板倉が左のコースを切り、空いた中央にGKがいる。

ここで、板倉は逆方向へ避け始める。これで塞いだコースが空く。つまり、板倉がシュートを打ってくださいとコースを開けたわけだ。

そのコースにぴったりシュートを打つ。



板倉、あっち向いてホイ!
GK届かず。

このたった1つの弱気のプレーでこれまでのすべてが終わってしまった。
俺がこのピッチにいたら、「この馬鹿野郎。なぜ避けた。なぜヘッドでクリアしない」と板倉のところへ行ってぶん殴っていただろうナア。
いやはや、さすがの谷でもこれは無理だ。なぜなら、GKはDFとコースを切る役割分担をする。それを板倉が破ったわけだ。こういうのは、プロなら「八百長プレー」の疑惑を持たれかねない。コロンビアなら、板倉は母国で射殺されるだろう。そういう最悪のプレーだった。
結局、ここにも冨安がいなかったことのツケが最後の最後に出たわけだ。板倉はいらない。
かつてのイングランドの主将のダイビングヘッドのクリアとか、体でブロックするとか、
そういうレベルの気迫のこもったプレーが板倉には欲しかった。
ここぞという時に顔を背けて逃げ腰になる。こういう性格はMFもDFもできる選手のMF部分のちゃらい精神、だから金髪に染める、そういう部分が出てしまったのだろう。専属のDFなら顔で防ぎ、鼻が折れても顔を出したに違いない。
この意味では、やはり板倉を出した森保の甘さの結果だと言えるだろう。
いやはや、我が家の真珠婚式を祝ってほしかった。
これから、また50年かかるのだろうナア。