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【俺の妄想ジョーク】「ラッキーチャンスを逃がさないで」→俺「分魂との不思議なめぐり合わせだった気がする!?」

みなさん、こんにちは。

人生は、いつ何が起こるかわからない。

俺もそうだ。いつまた、脳梗塞、あるいは、不慮の事故などで、死ぬかもしれない。

さらには、いまや陰謀暴露論や宇宙人・UFO暴露のレジェンドに入ってしまった。だから、なおさらそうだ。

この2,3日ですでに1万人以上がダウンロードしたようだ。少なくとも、1万数千のヒットがあった。

そういうわけで、一度は、俺の考えで削除した俺の妄想だが、この時期に、こんなことを俺が思っていたということは確かなことだ。だから、一応、一種の記録として、そうした俺個人の妄想も復活させて残すことにした。

一般人や普通の人やキャンディーズになんら興味ない人はスルーでお願い。時間の無駄ですヨ。

以下は俺個人の妄想ジョークである。決して信じないでくださいヨ。
本気にしないことが肝心。

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キャンディーズ 「ラッキーチャンスを逃がさないで」

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みなさん、こんにちは。

寝ても覚めてもキャンディーズ、キャンディーズ。今日も元気にキャンディーズでいってみよう。

まあ、今回も俺の個人的キャンディーズ妄想ですゾ。普通の人にはくだらん話にしか見えないから、ぜひお引取をお願い申す。



昨日、第15章をつけようと判断する前から、一応、本の出版されることを念頭に「あとがき」も作り始めていた。

それを完成しようと。

その「あとがき」にも、これは俺の遺作のようなものだ。だから、できるだけ正直に昔のことも書いておこうと思ったわけだ。

ところが、考えてみれば、キャンディーズのことを調べ始めたのは、つい最近。昨年の暮れのこと。それ以前には、キャンディーズのキャの字も頭になかったわけだ。

そして、つい最近まで昔のことはまったく思い出せない状態だった。

だから、「あとがき」を書こうとしても、2年前以前なら、まったく小中高大学のことなど記憶がすっ飛んでたのである。

ところが、キャンディーズを数ヶ月聞き続けたら、徐々に、というより、突如昔のことが鮮明に思い出せるようになった。

それで、その当時、つまり、キャンディーズが行ったコンサートのその時、俺がどこで何をしていたのかまでかなり鮮明に思い出せるようになったというわけだ。

そうして、今の中高年の俺と昔の若い俺とが、一種のタイムマシンで行き来できるような感じになったわけですナ。

そうすると、昔、その時の俺は、キャンディーズの詳細も全く知らないし、自分がいた世界の外の世界がどうなっていたかも知らないわけだ。

ところが、今の俺は、すでに歴史を知っている。その後、どうなったか?

そうやって、過去と現在までの歴史を振り返りながら、調べていくと、やっぱり、俺とミキさんといまの妻(奥さん)の関係は実に不思議な関係だったということがわかったわけだ。

一言で言えば

分魂

分魂とは、古神道の概念ですナ。一つの魂が、時空間を分けて、いくつかの場所に生まれ落ちる事を言う。

元は一つの魂が、それをいくつかの人に分け与える。

そうやって、何人かの別々の人間が、全く違う場所、全く違う時間に生まれ落ちた魂のことである。

つまり、私の妻とキャンディーズのミキさんは、元は一緒なんだと実感したんですナ。

顔、個性、性格、考え方、人間性、ありとあらゆることが瓜二つなんですナ。

そして、この世界で、俺との相性が最高な、たった2人の女性だったというわけだ。


そこで、俺の人生を、あとがきでふりかえったわけだ。

すると、ある時までは、俺はミキさんと出会うほうがはるかに可能性が高かった。その時は、俺は妻と出会う可能性は0だった。

そして、ミキさんと出会う可能性は、何度かあったんだな。


その1つがあの、1977年7月17日の日比谷公会堂のコンサート。

その時、俺は、サッカーか物理かの最後の選択を迫られていた。

そこで、その判断材料のために、ミキさんか朝永振一郎かの選択のチャンスとは知らずに、朝永を選んでしまった。

結果的に、そこでミキさんと出会う可能性が急降下。しかし、チャンスはまだあった。


俺とミキさんはまだ関東にいた。妻は四国の阿南からでたことがない中高生。

ところが、俺は、東日本や関東の大学院へ行かず、西日本の大学院を選んだ。

そこで、俄然、可能性が減ってしまったわけだ。この段階では、妻と出会う可能性も0。

そして、ミキさんは男と結婚して幸せな家庭を作ってしまった。もちろん、俺はそんなことは全く知らない。


そして、ふとしたことから、俺はユタへ留学してしまった。

すると、そこに妻の姉が留学していた。いまのデフテックのシェンの義理の母に後になる姉。

これで、俄然、俺が妻と出会う可能性が出たわけだ。

そして、案の定、俺は妻と出会う。

そして、我々のラブストーリーが始まる。

そして、2年後にプロポーズ、そして、1年後に結婚するわけだ。


この段階で、俺はキャンディーズのことなどまったく知らない。興味もない。

そして、物理学者のキャリアを積み、とある健康上の問題から、ここにやってくる。


そうすると、ミキさんの出身の福島で、東日本大震災が起きる。

俺は、理論物理学者の立場から、東日本大震災の地震予知に成功し、少し一般人から知られるようになる。

有名ブロガーになる。

そして、本の執筆依頼が来る。そして、ニコラ・テスラの専門家の一人になる。

ところが、その震災の1ヶ月後にキャンディーズのスーさんこと田中好子さんが早世してしまう。

それで、もう二度とキャンディーズは戻らない。

そうして、俺はいくつか本を書いてちょっと知られるようになった。


そして、昨年の暮れに、スーさんの葬式のYouTubeを個人的に見ていた。そこに、ミキさんとランさんがいた。

単に興味本位で見ただけだった。だから、まったくミキさんやランさんのことは興味がなかった。

なぜなら、彼女らはもうおばあさんに見えた。

そうだ。いま思い出した。俺は東日本大震災の10年目の追悼をブログにしようと思って、スーさんの葬式を見たんだ。


ところが、その後、YouTubeのおすすめにキャンディーズの昔のものがついていた。

それをたまたま見てみたわけだ。

そうしたら、3人のうちのミキさんの顔が頭から離れなくなってしまったのだ。

それで、どうしてだろうなあ?

そうずっと思いながら、

なんでミキさんを懐かしく思うんだ?

と思いながらいろいろYouTubeやネットで、キャンディーズを調べてたわけだ。ここにメモしてきた。

すると、いろいろ興味深いことが分かったわけだ。こんなことはつい最近までまったく知らなかったことだ。若い頃キャンディーズのファンでもないし、まったく関心がなかった。それなのに、いまミキさんのことが忘れられない。


そして、とあるYouTubeを見たら、衝撃を受けた。

その写真が、これだった。




この顔は、俺がはじめて妻と出会った時の妻の顔だったからだ。33年前の妻の顔そのもの。

なんてこった?

これで、俺は若い時期のミキさんに惹かれたのだ。


そして、妻が、妻の愛する星占い師の星占いで相性を見てくれたわけだ。

そうしたら、相性が、妻と俺のルナのコンビとまったく同一だった。その占いで最高の相性だった。

いまだかつて俺とそういうのは妻しかいなかったのだ。

だから、「あなたには私が最高」これが妻の主張だ。


ところが、ミキさんがいたんですナ。

それで、いろいろキャンディーズのことを調べていたことを符合させたわけだ。

やはり、ある時期までは、ミキさんの出会う方の確率が高かった。しかし、ある時期から、妻の方へ変わったのだ。


さて、そんなことを思いつつ本を執筆し始めていたわけだが、突然の脳梗塞状態になった。

それで、最初はどうすべきかわからないまま、とにかく血圧を下げること、執筆できるかなとそればかり考えていたわけだ。

ほぼ一ヶ月、執筆が完成できるか、そればかり心配しながら書いていた。

いつ途絶えるかもしれないと。


そんなとき、本当にこのミキさんの笑顔を見るだけで頑張りがでてきたわけだ。本当に救われたのだ。

むろん、妻はけっこう忙しく大変だから、いつも笑顔というわけではない。しかし、妻とミキさんの笑顔に救われた。


特に、キャンディーズの3人の成長、努力、サービス精神、純粋さ、献身、そういうものを感じることが非常に元気になった。

彼女らは、あの一番遊びたい時期に、4年半もの間、平均睡眠時間2,3時間で頑張ったわけだ。

それで、毎日毎日だたキャンディーズを聴きながら、少しずつ少しずつ執筆を積み重ねていった。そういう感じだった。


だから、スーさんの葬式のYouTubeを見なければ、こういうことはなかったわけだ。

だから、今思うと、スーさんが結びつけてくれたとしか思えないところがあるんですナ。

東日本大震災を通じて。


本当にキャンディーズの3人には感謝しかない。どうもありがとうございました。


最後に、どういうことが若い俺に起こっていたか?

ミキさんは、1956年1月15日に福島に生まれた。

俺は、その1年後の1957年10月13日に山梨に生まれた。

俺の妻は、1962年9月10日に徳島に生まれた。


山梨の少年、福島の少女、徳島の少女がいた。俺との相性は最高。姿かたち、個性など2人の少女がそっくり。

もし適齢期で出逢えば、ぜったいにお互いに一目惚れして結婚に至るような関係だ。


しかし、未成年から成人に至るまで、3人はお互いの存在を全く知らない。


はたして、俺はどちらに出会う確率が高いだろうか?


俺の叔母はカソリックで、ミッション系学校の音楽と英語の先生で、俺は生まれてすぐに彼女から英語とピアノの手ほどきを受けたことがあった。幼稚園ではオルガンを半年習ったことがある。

俺は、男3兄弟の長男。いつも姉が欲しいなあと思っていた。

小中とスポーツ少年で、美声だった。
小学校で学校の少年少女合唱団に入れられ、中学では声楽出身の音楽教師から、バリトンの声に目をつけられていた。しかし野球やサッカーをやっていた、科学好き少年になった。

中学時代、サッカーでは県下で3度優勝経験。

俺は高校では、サッカーの山梨県ベスト11に選ばれている。

俺の叔父は東京駒込に店と家がある。


ミキさんは、父親が日本の歴史的なバリトン歌手で大学の先生、母親も声楽とピアノの先生の家の4人兄妹の末っ子。
父から声楽、母から声楽とピアノを習ったことがある。

ミキさんは、ミッション系の中高出身で、カソリック。

福島から東京に引っ越して、東京に住んでいる。

渡辺プロの東京音楽学院の生徒。


俺の妻は、徳島の田舎の阿南に住んでいる。まだ小学生で、剣道と水泳をしている。

父親は、元NHKの電気工学技師で、レコードのオートチェンジャーを発明。

地元阿南へ戻り、地元阿南のニコラ・テスラのような電気工学者。

妻は、キャンディーズやピンクレディが大好きで、キャンディーズのすべての歌を空で歌える。振り付けも全部できる。

地元の美人姉妹の1人。


はたして、このデータだけを見れば、俺はミキさんと会った方が良かっただろう。

また、物理的には、絶対にミキさんと出会うチャンスの方が、妻と出会うチャンスよりありそうだ。


しかし、現世の歴史はそうはならなかった。


たぶん、それはミキさんが東京音楽学院へ行ったこと、そして、NHKでキャンディーズになったこと、

それに、俺が声楽よりサッカーを選んだこと、そして、サッカーから物理へ転向したこと、

それに、妻の父が早世したこと、そして、大学ではなく看護学校へ行ったこと、

こういったそれぞれの事情がある時点で変化したことだったと考えられる。


こうして歴史がシフトした。


しかし、幸いなことに、ミキさんは失っても、妻と出会えた。


そして、今度は、こうして、自分の置かれた本当の状況が初めて理解できたこと。これが実に大きい。


だから、まあ、一種の妄想に過ぎないが、俺は、もし何もなければ、ミキさんと出会ったと感じたわけだ。

しかし、いまはミキさんそっくりの妻をもらって、キャンディーズのミキさんの1ファンとして見ることが出来たというわけだ。

とまあ、こんなことをつい「あとがき」に書いてしまったというわけですナ。


いやはや、俺も結構死期が近づいている証拠だろう。


みなさんの長生きを心からお祈りいたします。


キャンディーズは永遠です!






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


とまあ、すべて俺の個人的妄想です。





弥栄!






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by kikidoblog3 | 2021-06-18 07:48 | ジョーク一発

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