天青海碧
ちなみにこのジャケットは、しまむら製
みなさん、こんにちは。
昨日は「天の日」と書いたが、「青天の日」とか言えばもっと良かったかもナ。
なかなか興味深い「桜田門の変」だった。
実は、我が家の伝説の1つに、
「井口家の先祖は、桜田門の変の時に井伊直弼の家臣で戦った」
というものがある。この真偽の程は定かではないが、我が父の母、私の祖母は侍の家系で、その時の刀が残っており、それをずっと床の間に飾っていたが、いつの間にか見失った。こういう伝説だ。
私は祖母の娘、私の叔母さん、および、それを又聞きした私の母から何度となく聞いた。だから、あの桜田門の変で死んだか、生き残ったか、とにかく、妻が生きていたか、あるいは、井伊直弼の別の任務の家臣だったかのいずれかだろう。
なぜなら、徳川の家臣の主要部隊は、水戸光圀の水戸藩を含め(たしか水戸藩は徳川へ武田の娘が嫁いだのではなかったか)、武田信玄、武田勝頼の家臣だったわけだ。武田の赤備え。
この部隊が、勝頼が長篠の合戦で滅亡したあと、残った武田武士は徳川家康軍に入ったのである。我が家の祖父側の井口の家紋は、この図の井桁の井を◯で囲んだものだ。円井である。だから、ひょっとしたら、祖母側ではなく、祖父側がそうだった可能性もある。どっちがそうだったのかこの辺はいまのところ精確にはわからない。
また、ドラマではまだずっと先の明治維新の時、官軍と幕府軍の戦いがもっともひどかった場所。それが甲府だった。静岡の清水の次郎長が幕府軍につき、山梨の黒駒の勝蔵が官軍についた。そして、山梨で両者は壮絶な殺し合いを行ったのだ。そして、官軍の勝蔵が勝利し、次郎長は幽閉された。
ところが、維新が徳川慶喜の大政奉還になり、関東はまた官軍明治政府側に組み込まれた徳川の家臣の時代になったとき、勝海舟と山岡鉄舟の統治になった後、清水の次郎長は清水に浪人になった徳川武士を年金生活させることを助けることを条件に釈放された。一方、官軍側で次郎長を捕らえた方の勝蔵が冤罪をつけられ、打ち首獄門となったのだ。我が母方の実家丹澤は、この黒駒にルーツがあった。
清水の次郎長の物語は、勝蔵処刑のあと、維新後に用無しになった徳川武士浪人の復興に入れ込んだ山岡鉄舟が、清水の次郎長配下の静岡の若手作家に次郎長が正義づらできるようにするために歴史を覆すように、自らの指揮で創作させたものである。
因果応報。そういう歴史捏造を行った方の山岡鉄舟自身、今度は、維新の品川会談は鉄舟が行ったにもかかわらず、その手柄を実際にはしていなかった勝海舟の手柄に横取りされたのである。これが、岩倉具視の「正宗鍛刀記」である。
岩倉具視
(この岩倉具視のご子孫が俳優の加山雄三さんである。)
の『正宗鍛刀記』という本である。
いま勝海舟の自由奔放なイメージは、実は大半が早死した山岡鉄舟先生のものである。その鉄舟のイメージを長生きした勝海舟が横取りしたのである。それが、我々の知る勝海舟である。本当の勝海舟は、晩年数人の妾といっしょに住み、年金が少ないとか、公爵にしろとか、不平不満だらけの人物だったのだ。それに対して鉄舟は、天皇の脚気を治療すべく、あんぱんを開発させ、清水にお茶栽培を発展させたのである。だれもが鉄舟を慕い、鉄舟逝去の時は、何人もがいっしょに自決した。それほどの人物だった。しかし、わが甲府の人間から見れば、鉄舟は理不尽の権化にすぎなかった。
興味深いのは、昨日のドラマで、徳川慶喜が幽閉されていた場所が、昔の「かふふ」甲府だったことだ。たぶん、甲府の舞鶴城だろう。これは戦争で焼け落ちた。
だから、井伊直弼の家臣と甲府とは決して無縁ではない。
しかも、徳川家康は小田原に住んだ。この静岡のこの近くには浜名がある。そして、浜名と言えば、うなぎである。
そして、その祖母の実家が、山梨県で一番古いうなぎ屋「若荒井」だったのだ。
我々の知らない出来事のせいで、我が家とその実家とは無縁になった。
だから、これまでに私が知ったすべての状況証拠:
家康の小田原、井伊直弼の家臣、徳川慶喜の甲府幽閉、祖母の刀、祖母の実家の鰻屋、関東の浜名のうなぎ、。。。
これは事実であった可能性が高い。
さて、その「青天を衝け」
まあ、青天といえば、「青天の霹靂」という言い方がある。予期しないことが起こったことを言う言葉。
その昨日のドラマの中で、NHKにしては珍しく、非常に良い言葉が出た。
月白風清
月は白く、風は清し
しかしながら、一昨日の青天を見た俺は、こう思ったネ。俺ならこう書くと、
天青海碧 天青く、海碧し
さて、その渋沢栄一がやったこと。経済の金融化。言い換えれば、我が国を英ユダヤ富豪のロスチャイルド家の金融システムに組み込んだこと。これを行ったことになるわけだ。日本が、明治維新を起こしたつもりになっているが、実情は大英帝国の金融世界の一員に入ったにすぎない。
徳川家はそれに反対したわけだ。
しかし、徳川幕府軍に加担したのはフランス軍だから、こっちへは仏ロスチャイルド家が肩入れした訳だ。痛い歴史。どっちへ転んでも結局、欧州の金融システムに組み込まれずにはいられなかった。
いま現在までに知られた陰謀論世界の見方で言えば、ごくありふれた植民地支配の手法にすぎなかったということになる。
列強国が植民地支配する場合、その植民地の原住民の中で、その彼らの社会システムの中で一番不満が蓄積して鬱憤を感じている下層階級を取り上げ、その下層民を手懐ける。こいつらを教育し、武器を与え、知恵を授ける。こうして、下層民をその国を支配する手先に仕込む。
かたや、現地人と白人の混血を作り出し、ハーフ種族を無数に生み出し、その支配側についた下層民の上に置く。こうして、宗主国と植民地との間のパイプ役を行わせる。
つまり、本国の白人支配層子孫、現地人との混血ハーフ種族、現地人最下層民の新貴族、現地人、現地人元支配層、。。。
これが、4000〜3000年前のアーリア人由来の植民地支配のやり方である。
そうして、数百年、数千年たつと、北中南米、インド、南ア、オーストラリア、ニュージーランド、。。。のような完璧な人種によるカースト制が生まれる。
旧日本軍の現地統治だけが歴史上唯一違っただけである。
戦後、アメリカのGHQもこのやり方を真似ただけ。今度は、日本人の最下層ではなく、新規参入した朝鮮人を持ち上げたわけだ。
だから、今の我が国では、昔の支配層、つまり、昔公家、昔の天皇、こういった家系が一般人や農家になり、外から移民した外人がいまの支配層や起業家になった。それをアメリカ合衆国のユダヤ人民主党政権が戦後一貫して支援した。
だから、我が国では、
日の本は下へ行くほど怜悧でござる
となってしまったわけだ。
いやはや、座布団3枚。