
みなさん、こんにちは。
寝ても覚めてもキャンディーズ、キャンディーズ。今日も元気にキャンディーズで行ってみよう。ミキさん復活目指して。
さて、今日は東日本大震災からちょうど10年。2011年3月11日から10回忌の日。すでに拙ブログではそれをやっているから、それを見てもらうことにする。
同じく、この年、震災を見届けてからお亡くなりなったキャンディーズのスーさん、この10周忌はこれで行った。
さて、こうやって49年前〜43年前のことをさかのぼり思い出すと、不思議な感じがする。実際に最近いくつか不思議なことが起こった。
(あ)昔の50年前の凍結された記憶が解凍したこと
これは、これまでずっと大学進学以来理論物理学者に転向するために常に先々や当面の問題に集中してそれだけを考えるという人生を歩んだ結果、いつの間にか過去を振り返る習慣がなくなり、凍結されて思い出せなくなっていたが、ここ2、3ヶ月毎日のように寝ても覚めてもキャンディーズ、キャンディーズとやっていたら、そういう凍結された記憶がコンピュータ・プログラムの解凍のようになって、徐々に湧き出すようになったことだ。
実に不思議。同時に興味深い現象だと思う。脳内にもデータの圧縮凍結解凍のような過程が存在するのだろうか?
(い)キャンディーズを聴きながら本を書いたらまったく違うものになった
そうやって解凍されてきた最近、前のように久しぶりに5冊目の本執筆を始めたのだが、そこで最近はキャンディーズを聴きながらウキウキした状態で本を書こうとした。
前と同様に、書き始める前にいろいろ章立てや本の構成を考えてセクションを分け、それぞれの大筋のタイトルをつけた。
これを論文や本を書く場合、「スケッチ」という。要するに、写生のように本番を書く前に全体像をおぼろげにスケッチする。論文や本もそうやって書く。作りあげる。これが俺のこれまでのやり方だ。ビル・サザーランド先生から教わったものだ。
ところが、キャンディーズを聴きながら、その構成に沿って中身を書こうとしたら、いきなり全く違う文章が飛び出した。それもすらすらと気持ちよくどんどん流れるようにキーボードに書き込めた。
要するに、書こうと思って予定したこととはまったく違う流れで書き始めてしまったのだ。それも文章がいままでの物理論文や専門書調の堅い文章ではなかった。
いったい何が起こったのか?
こんな経験は初めてだった。
おそらく、たまたま俺がキャンディーズにハマっているからこうなったのだと思うから、他の人が別の何かの曲にハマってやれば、同じようなことが起きるのかも知れない。が、いまのところ未知である。
ほんとに面白い。
歌とそのリズムに乗りながら書いたら、文章も短く、弾けるような文章になった。
記憶が解凍されて脳みそがやわらかくなったのか?
まあ、どうでも良いことで始めたが、本来、キャンディーズのことをメモするつもりだった。
私はこれまでキャンディーズの歴史的役割から始まり、個人それぞれのこと、そして昔の深夜放送や、解散後のことなどを中心にメモしてきた。が、今回はキャンディーズの歌手としての役割、グループとしての役割についてメモしておこう。
一言で結論を言えば、
キャンディーズは実験だった!
これに尽きる。そう思う。
こういうカワイコアイドルが芸能界に出てきたら若者はどう反応するか?
NHKやプロダクションはこれを知りたかった。なぜなら、それまではプロ歌手しかいなかった。
そこで、キャンディーズをあらゆる実験のネタにした。
カワイコぶりっ子、コーラス、振り付け、超ミニ、派手な服装、斬新な歌、歌詞、
テレビ、コメディー、バラエティー、ラジオ深夜放送、。。。
この実験に放送局、メディア、ナベプロ、作曲家、作詞家、編曲家、ミュージシャン、演奏者、。。。が協力した。
実際、キャンディーズの初期の振付師は、リンリン・ランランの人でもあったし、キャンディーズの曲の中の曲調がリンリン・ランランのものにも似ている場所がある。さらには、リンリン・ランランからピンク・レディーに移ったように見えるも多い。
特に、キャンディーズのシングルレコードのA面が有名曲でその裏のB面の曲にそういうものが多く含まれるように見える。
後の太田裕美さんはキャンディーズと同世代。彼女の曲にはキャンディーズ的な部分が多い。
ピンク・レディーはいうまでもなく、キャンディーズをモチーフにして別の局スター誕生が高卒女子を使ってライバルとして生み出した。
だから、ピンク・レディーにはキャンディーズに意識している部分が見える。しかし逆に、キャンディーズはまったくそれをせず唯我独尊で行った。だから、完全なオリジナルが多い。
もしそういう部分がうまく思い出した場合はまたメモしておきたい。
さて、そのキャンディーズは、その後どうなった?
というと、実はこれが、背景をピンク、ブルー、イエローで照明する効果に繋がり、キャンディーズの背景にはこれらの色とりどりの色調が出た。
そして、これが、その後、北朝鮮の金日成、金正日の目に止まり、日本人の血筋が残るという、金正日の時代1980年代にあの「喜び組」に使われていく。おそらく、まだこれについて検証したものはいないだろう。
北朝鮮のワンジェサン国立民族舞踏団は喜び組が進化したもののようだが、そこで出てくる、軽音楽には日本の1970年代のキャンディーズの影響が見て取れるのだ。
また、1980年代まで我が国に逃げていた金大中が、韓国へ行って初の民間人大統領になった1990年代後半1997年に初の大統領になる。
そこで、いまの韓流につながる韓国芸能界の立て直しに着手する。芸術学校をつくり、朝鮮ドラマで朝鮮古代の時代劇を作って過去の歴史をどんどんを書き換えていく。新しくコンスお辞儀を作り、それが古来からの伝統だとどんどん歴史捏造する。同時に役者や歌手やタレントにはどんどん整形を推進する。
こうやって、いまの韓国ができあがった。これが、超絶反日の韓国である。この基礎は金大中が行った。まあ、普通の人はご存知ないだろうが。
そして、10数年が経つと、いまや韓国芸能がサムソンやヒュンダイやポスコなどの大企業の財力で芸能界を席巻し、我が国にも圧力をかけるようになった。
そして、ついには我が国の芸能界へも韓国人のミュージシャンが出場するようになった。NHKの紅白にも、歌番組にも出るようになった。
こうして昨年の紅白にはNiziUが出た。
キャンディーズが解散した後、そのマネージャーとプロデューサーはアミューズを作り出した。
そのアミューズは、Perfumeの3人とBabyMetalの3人のチームを作り出した。そして、このアミューズのPerfumeの強い影響をNiziUが受けたと考えられる。だから、NiziUの曲目の中には昔の70年代のキャンディーズからパクったように見える部分すらある。影響を受けている。
実際、韓国ドラマは、1970年代の山口百恵と三浦友和の青春ドラマの強い影響受けて誕生したものだ。音楽とて同様だ。すべて我が国の70年代がモチーフになった。
というわけで、キャンディーズは43年前に解散して一度も復活せずに終わった訳だが、その遺産はさまざまのミュージシャンに受け継がれ、場合によっては、異国の地でも花開いたと言えるのではなかろうか?
何事も、キャンディーズに見るように、やっている本人たちはその時にはまったく気づくはずがないのだが、
やらなかったらわからずに終わること、
やって見るまでではわからないこと、
やってみて初めて分かること、
やったから分かること、
やり遂げて初めて分かること、
その後分かること、
何年も経ってから分かること、
。。。
というようなものが存在すのである。
だから、若者は何でも良いから、挑戦しろというわけだ。
回顧はいまの俺のように、それなりに何かをやり遂げてからすれば良いこと。若い青春時代はそれを謳歌せよ!
青春時代の軽音楽のクラブ活動
だから、いつか卒業。お嫁さんになる。
どうやらキャンディーズにとって、キャンディーズの活動はそんなものだったのではなかろうか?
しかしながら、その貢献は図り知れず、その影響力は大きかった。その遺産も大きい。