みなさん、こんにちは。
寝ても覚めてもキャンディーズ、キャンディーズ。今日も元気にキャンディーズで行ってみよう。
キャンディーズはスクールメイツにダンスメンバーとして参加し、たまたまNHKの歌謡ショウに選ばれた。そして、キャンディーズは最初のデビュー曲
の歌から聞いて、最初はノービブラートだった。
こうしたことから、キャンディーズはここから徐々に歌を練習して歌手として上達したのだ。
そのように私はずっと思っていた。おそらく、大半の人はみなそう思っていたに違いない。それほどまでに、
「あなたに夢中」には素人っぽさが出ている。しかしながら、現実はどうやらそうではなかったのだ。
これがわかるものがあったので、一応メモしておこう。これである。

NHKオーディション
1番め、藤村美樹さん。当時16才。早生まれで高校2年生。
2番め、田中好子さん。当時16才。高校1年生。

3番め、伊藤蘭さん。当時17才。早生まれで高校3年生。
これは、1973年のNHKのオーディションで、当時スクールメイツには400人の女子が参加していて、そのうち合格したのがたったの3人。1人が補欠合格だったという。それが白鳥和美さんだった。


そのくらい、この3人は飛び抜けて歌がうまかった。おそらく、キャンディーズはこの白鳥さんがメンバーだったとしても成功しただろう。
聞いてわかったことは、もう最初のオーディションの時から、
歌はほぼ完成されていたということである。最初から
きれいなビブラートのかかったプロ歌手レベルの歌だったのである。
すでにファイナルの時の歌声はできていたのである。ただ経験だけがなかった。
そこで、おそらく渡辺プロダクションは、デビューだから可愛さを強調し、素人っぽさを出すために、わざわざそのビブラートのかかったプロ歌手のイメージを抑えさせて、
「あなたに夢中」でデビューさせたのだろう。
しかしながら、すでに16,7才で彼女たちは、それぞれが単独の歌手としてデビューしてもやっていけるだけの実力が備わっていたのである。しかもダンスもできた。ルックスも可愛らしかった。
だから、当時のインタビューや番組取材を見ると、この3人はスクールメイツの中ではエリートだったという言葉が見られたわけだ。別格の3人だったのである。
だから、白鳥和美さんが、そんな音楽エリートであった3人が、歌がヒットする前からバラエティー番組でコメディーをやるとか信じられなかったと語ったのであろう。やればできるもんなんだなと思ったという。
ところが、最初の出発点にできてしまったアイドルのイメージがどんどん独り歩きし、本当は日本の和製シュープリームになろうと決心して入った芸能界で、ますます自分たちの歌手としての目標と現実のイメージがずれていった。
そして、自分たちの夢や目標の実現であれば、毎日睡眠3時間でも我慢できるが、さすがに今後もずっとそんな生活を続けてもそれから離れるばかりになってはもうやっていられない。我慢できない。
そこで、一度チャラにして再出発しよう。そういうことになったのだろう。
それが、有名な
「変な大人になるより、普通の女の子に戻りたい」
だったのだろう。
本当はとてつもなく歌がうまいのに、それが発揮できない。
だから、NHKの鶴田浩二のドラマは、まさに当時のまだ日本人の日本人による日本人のためのNHKが、プロダクション側にキャンディーズの意思を尊重したらどうかという意味合いも兼ねて作ったものだろうと考えられる。
イメチェンで売れなくなってもいいじゃん。すこしは、自由にやらせてやれよ、ってサ。
しかしプロダクション側は頑なにこれまでの路線を貫いた。競争の激しい芸能界で会社を維持するのは大変だ。だから、経営陣のそういう意見もわかる。
しかし、そのために睡眠2〜3時間で何年も頑張るのはきつい。普通なら発狂する。人間、睡眠時間が減ると脳活動が極端に悪くなる。DVの大半の原因は睡眠不足にある。セレトニンがでなくなり、精神が不安定になる。
そうして、キャンディーズが世界のキャンディーズ、シュープリームス亡き後の世界の和製シュープリームスへの道が閉ざされた。キャンディーズのアメリカへのデビューもなくなった。
しかし、その代わりを妹分のピンクレディーが実現した。ピンクレディーは、あのエド・サリバン・ショーに出たのである。
その衣装や振り付けが全米に衝撃を与えた。
というわけで、拡大解釈すれば、キャンディーズは、世界を制したとも言えるのである。
だから、それから42年経ったいまでも、世界最高レベルの歌手としてYouTubeに存在し続けるのである。最近では外人ファンまでついてきている。
まあ、後半最後は俺の妄想のようなものだけどナ。