みなさん、こんにちは。
さて、今日も行ってみよう、キャンディーズ。寝ても覚めてもキャンディーズ、キャンディーズ。

この動画のコメントに、若者が
「この時代に生まれたかった、、、😢」
と書いているが、ほんとそう思う。
朝鮮左翼と偽右翼の跋扈してしまった現代では、至るところに歴史書き換え、歴史捏造、歴史修正主義のポリコレが蔓延り、日本伝統の
性へのおおらか、明るさ、話せば分かる、無礼講、飲酒文化、妾文化、二号さん文化、。。。
そういったサムライ文化はご法度になってしまった。
また、朝鮮帰化人の極悪な性衝動のために現れた極悪性犯罪や極悪アダルト世界のために、日本古来の、男女の粋や好いたはれた文化、がセクハラ行為にランクされてしまう。
こうして気がつくと、恋愛の一連の手続きや流れや手順がなければ、恋愛が成立しないにもかかわらず、
ラブレターを手渡そうと思って待ち伏せすればストーカー行為とされ、
愛情表現として相手の体に触れば痴漢行為とされ、
相手にデートに誘うような意思表示を見せれば、セクハラ行為とされ、。。。
こうした自然な恋愛好意をも政府自身が厳罰化するという社会になった。
その一方で、政府やマスゴミが、少子高齢化、若者の晩婚化、若者の独身志向、2次元ラブ化、若者の草食化、。。。が大問題と騒ぐ、というような本末転倒な世の中になってしまった。
恋愛にはプロセスが必要。これを犯罪化すれば、その先である子作りに進むはずがない。
我々の時代、俺はこれは1980年代の1988年頃を境にできると思う。遅くても1990年代と1980年代ではっきり分けられるとみる。
我々の時代、警察官であっても飲酒運転して飲み屋から自宅へ帰ることができた。酒に強いやつは運転は全く問題ないから自分で運転して帰ったわけだ。
これは私がアメリカのユタ大にいた頃のアメリカでもそうで、酔ったとしても酒に強く問題なければ、禁酒のモルモン教徒以外のだれもが運転して帰れた。大学教授でもそうだった。しかし、むろん警官に捕まれば、飲酒運転で刑務所行き。当時でも禁酒のモルモン教のユタは非常に酒に厳しく、自動車内に蓋の空いた瓶やカンの酒があれば、逮捕された。また、飲み屋のバー以外で飲酒できず、レストランで飲みたければ自分で酒瓶を持参する。そういう州だった。
ところが、アメリカの場合は、JFKジュニアの1人が酒に酔って自動車人身事故を起こした事件が原因で、それ以来、酒を飲んだ状態で飲酒運転すれば、逮捕される時代へと変わった。
同様に、アメリカの飲酒運転取締の厳格化から始まって、その後の我が国の飲酒運転による事故と見られた人身事故を騒ぐことにより、飲酒運転が厳罰化されるようになった。これにより、自分以外にだれもいないような片田舎で、交通機関が車しかないところでも、飲酒運転できないような不合理な状況になった。
この飲酒運転の厳罰化、これが我が国日本国内における、ポリコレの出発点だったような気がする。
ここから、社会の底辺では、アダルトビデオやエロ本で、帰化人に極悪な痴漢ものを作らせてそういう行為への扇情や邪心や関心を惹かせ、そこで犯罪が実際に起こるたびに厳格化、厳罰化を目指したというわけだ。
要するに、日本人だけの文化なら、笑って過ごせる問題をわざわざ大げさに吹聴することで日本人に対する取締を強化させ、ポリコレから日本社会に切り込むという足場にしたと考えられる。
当時は、つまり、70年代では、若い女の子が、つまり、日本国憲法で結婚が認められる16才以上の少女であっても、一般成人男性と付き合うことは可能だった。
だから、オジさんや若者が女の子とデートしても何ら問題はなかった。親からの許可があれば、学校の独身教師が生徒と付き合うことも問題なかった。事実、私の同級生で生徒とその卒業後結婚したやつもいる。
当時は16才以上のハイティーンは乙女と呼んで、少女とは呼ばなかったと思う。まだ生理のないローティーンの少女と明確に区別した。
この日本的習慣もまた、その後帰化人系のローティーンの少女趣味(これは試し腹のある韓国の政治家を見ればわかる)とは明確に異なるのである。バイデンの息子のハンター・バイデンの少女買春ネットワーク疑惑やエプスタイン島(ヤリマン島)という場合は、生理も来ないローティーンへの性暴力である。
こういう文化背景や時代背景がわからないと、上のキャンディーズの動画で、井上順がミニの下にそれ用のパンツを履いているというような事を言っても、キャンディーズの3人は動じず、くすっと笑っただけですましたということの意味がわからないだろう。
これが、日本文化ぞ、日本人ぞ(武田鉄矢の母親風)
ところで、もう少し前の60年代の森繁久彌の時代には、社会で成功したもの、大企業の社長さんは、正妻以外に2号、3号、。。。と経済力の表現として妾をもらうことができた。これが、京都の祇園文化を生んだわけだ。東京に正妻がいて、京都に2号さんがいる。地方に3号さんという文化であった。
だから、60年代には、そういうことは男の甲斐性だった。だから、妾家族の生活の面倒もちゃんとみた。
フランスでも同じ。これはフランスでは今も同じだろう。ミッテラン大統領には奥さんが2人いた。どちらの家族も生活の面倒をきちんとみた。これはヨーロッパ文化である。これが、ロマンスの語源となったロマンの意味である。ローマ帝国由来の王族貴族の伝統だったと言えるだろう。
ミッテランはマスゴミから妾の親子がいるのを問題にされた時、
「それが何か?」
の一言ですましたのである。また、かのエルビン・シュレーディンガーは、自分の親友の妻を愛人にしてしまう性豪でもあったそうだ。だから、スイスを追われてスコットランドのダブリンへ追放された。
ところが、朝鮮帰化人が増えたことにより、女はレイプや略奪の道具になった。これが朝鮮ヤクザやチンピラがもたらした性文化であった。いわゆるヤクザ映画に描かれた習慣は、すべて朝鮮の両班の文化そのものである。
日本人のヤクザのルーツ、すなわち江戸の町人文化とは異種異質のものである。
いまの日本のマフィア、ヤクザの文化もまた、日本人の江戸時代の入れ墨文化に成り済ました朝鮮人による両班ヤクザにすぎない。日本人のヤクザを朝鮮人が乗っ取ってできたに過ぎない。たぶん、ヤクザもそれを知らないだろう。
町人文化の歌舞伎、歌舞伎者こそ、元来の日本のヤクザものの世界であった。そのルーツだった。
さらに明治に遡れば、まだ江戸時代の文化がそっくりそのまま残っていた。
かの勝海舟が咸臨丸でアメリカ西海岸のサンフランシスコに行ったとき、海舟の家来のサムライたちが上陸した。その頃は、サンフランシスコは白黒の人種差別があり、労働者は下層階級の黒人奴隷であり、白人たちは支配階級であった。だから、女性たちは働かず貴婦人として着飾って町を優雅に歩いていた。
そんなサンフランシスコで、日本のサムライたちは好奇心で、白人女性の親子に今で言うエロ本、エロ写真のようなものだった春画集を持っていって見せて回ったのだ。見慣れない白人女がどういう反応するか見たかったのだ。今で言えば、立派なセクハラ行為。しかし、当時のアメリカの白人女性もまた違った。
初めてみた日本画のあまりの絵の完成度の高さや美しさに見とれてしまい、たしかに陰部や局部が描かれていはいるが、芸術性の高さから、
「それを売ってくれ」
という始末だった。まったく今日本に来たがる白人女性と同じ反応だ。
そこで日本から上司に黙って持ってきたもんだから、だめだ!というと、今度はその白人女性が有色人種が逆らったということで、その腹いせにその日本のサムライたちを裁判所に告訴した。
すると、裁判官が咸臨丸にやってきて、家来の上司である勝海舟に出頭命令が来た。
そこで、事件を知った勝海舟は、自分の部下が行った白人女性への非礼は謝るが、あくまで自分が許可した余暇の間に行ったことだから、裁きは自分が船の上でつけるというようなことをいってその場をしのいだのだった。
裁判が終わったその夜も更けた時間に、今度はその裁判官と検事が2人でやってきた。
すると、「午後の裁判中は失礼した。いまはバッジを外したプライベートとしてやってきた。というのは、裁判で見た日本の春画があまりにすごい。アメリカのどこにもない。まさに芸術だ。ぜひそれを金を払うから譲ってほしい」と勝海舟に泣きついてきたのだった。
むろん、勝海舟はここが復讐時だとみて、「だめだ。これは我が国の文化財であり、部下が勝手に持ち込んだものだから、絶対に売ることもやることもできない」と言って追い返したのである。
勝海舟は、この事件を「氷川清話」に書いていたと記憶する。
海舟が感心したのは春画に対することではなかった。勝は、アメリカの公職にある裁判官が、バッジをするしないで、公私の区別を明確にし、バッジを外すととたんに市民に戻るという、公私混同の無さに対して感銘を受けたのだった。
とまあ、そういうわけで、江戸時代は男が女に春画を見せようが、一所に混浴に入ろうがまったく日本の女は動じなかった。粋にかわすすべを知っていた。
それから、遥かにもどり、終戦後の1953年に京都で国際理論物理学者会議が開催された。戦後初の国際理論物理学者の国際学会であった。ここにアメリカのファインマンやヤンやアンダーソンやオンサーガーや欧州のプリゴジン、。。。などが集まった。
当然、今と違い、参加者の外人理論物理学者はみな京都のホテルや旅館に泊まった。
ファインマンはパイスといっしょに旅館に泊まった。
ファインマンは例によりファインマンであった。アメリカのロスアラモスの特権階級意識のあった米兵理論物理学者だった。だから、旅館には若目の女中さん(仲居さん)がつくことに興味を持った。
そこで、今度仲居さんが部屋の片付けに入ってくる頃、パイスとファインマンは裸のフリチンでいようと悪巧みを組んだ。むろん、アメリカ人ホテルのメイドの女性が「きゃー」と大騒ぎに金切り声を上げるように期待したのである。
ところが、日本人の仲居さんは、「見て見ぬ振り」をしたのである。まったく何の変化ものなかった。だから、ファインマンとバイスはひどく期待を裏切られてがっかりしたのだが、後で日本人女性は洗練されているとえらく感心したのだった。
つまり、何を言いたいかというと、日本人女性は、母親が自分の息子や兄妹や家族を見るように男を見る、ということだ。
だから、お客さんが若い男であってそれが裸でいても、別に家族のように接するから何も騒ぐことでも性犯罪だとは思わない。
これが日本文化ぞ、日本の女ぞ(武田鉄矢風)
ところが、半島文化は異なる。なぜなら、そういう男が両班出身であれば、いつ襲ってくるかわからないからだ。
これはアメリカも同様。ロシアも同様。男はいつ襲ってくるかもわからない動物だ。
だから、金切り声を上げると熊やゴリラでも逃げるように、男に対しても叫ぶ。
この意味で、やはり我が国の文化の方が進んでいたのである。
それが、戦後、60年代、70年代、80年代、そして在日朝鮮人が天下をとった平成の90年代から、まったく我が国の雰囲気が変わってしまったのである。そしてそれは、今も続く。
というわけで、いまの若者たちが、昔はよかった。あの時代に生まれたかった。というのには、それなりの理由があるのだヨ。あったというわけだ。
まあ、俺個人の一種の妄想のようなものだから、信じる信じないはあんたのマスク次第、じゃなかった、おむつ次第、じゃなかった、おつむ次第というやつですナ。