
みなさん、こんにちは。
さて、最近偶然にみた次のYouTube番組は非常に興味深い。
特番『アイヌ人など存在しない、日本民族としての政治・教育~アイヌ先住民族説、弥生人渡来説のウソ』ゲスト:著作家 宇山卓栄氏
要するに、明治時代に米人のモースが彼の無知から命名した「縄文人」こそ、日本の先住民、それどころか、全世界の先住民だった。
つまり、後に、倭人とか、倭寇とか、大和民族とか、日本人と呼ばれるようになったアジア系の民族こそ、全世界の先住民族であって、アイヌや他のアジア人は、南方系北方系を含めて、後で生まれた人種にすぎない。
そしてそれゆえ、その北方系アジア人の一派であったツングース族やエベンキ族の一種のオホーツク人が、北海道の濃い顔の縄文人と混血してできたものが、アイヌ人だったというわけである。
実際、20万年前〜10万年前の全世界の古い化石人類の骨格に行くほど縄文人に似ているのである。そして縄文文明はその10万年前から1万5000年前までほとんど無傷で残っているのである。
そして数万年前〜2万年前に初めて西洋風の化石人類が生まれた。これがいわゆるコーカソイドのルーツと考えられた
クロマニョン人である。
ところが、1万5000年前〜1万2000年前に地球の大規模災害、ノアの大洪水のようなことが起こり、一度地球人類が滅びかける。
そして、生き残った人類の様々の種が再配置して再文明化して、その行きつく先が今日の姿になったわけで、縄文人的なアジア系の人類は、最後の大艱難の前にかなりの文明を築いていた。
一説では、その洪水はムー大陸の消滅とか、アトランティス大陸の消滅とか、言われているが、比較的近くに位置した西洋文明では、北中南米大陸の存在をギリシャ・ローマの時代はおろか中世の大航海時代までほとんど知らなかった。
このことから、北中南米大陸をアトランティスと錯覚したか、あるいは、大西洋と太平洋の区別も知らなかったわけだから、我々が言うところのムー大陸のことをアトランティス大陸と誤解していたと考えることもできる。
いずれにせよ、日本人が言うところの縄文時代には、南米の端まで同じような人種で文化風習を持つアジア系の人類が広がっていた。それが後々それぞれの場所で、インカ文明やアンデス文明などを発展させたのである。
インド文明の場合も、バラモン教をもたらしたアーリア人の侵入前の古い遺跡ほど、仏像の顔は日本人に似た東洋系である。アフガンなどの古代の巨石も東洋人の目をしている。
さらには、古代エジプト文明のカルナック神殿の巨石像は、ほとんど日本人の顔、すなわち縄文人の顔そのものなのである。
というように、世界の古代文明を探検に行ったデニケンの親友であった高橋良典は、そういう古代文明を作り、広く世界中に広く分布したアジア系の人種を
カラ、カル、キリ、キル、キツ、クリ、クル、クレ、ケレ、ケル、コク、コリ、コル、コレ、コロ、。。。などの音、音の響きを持つ名前の民族と考えた。
つまり、Kr, Kl, Cr, Cl, Chr, Chl, ...のアルファベットの文字で始まるような名前である。
実際、カルカッタ、キリギス、クレタ島、ケルト民族、契丹(キッタン)、コリア、高句麗(コクリョ)、加羅(カラ)、。。などの場所の先住民=古代人ほど日本人に似ているのである。つまり、縄文人に似ている。
一方、トルコ、唐(トー)、。。。あるいは、ヒッタイト、ハタ、あるいは、ブラ、ブル、。。。などの音の響きのする名前を持つ民族は、古代アーリア系の金髪碧眼種がルーツの民族である。その後、それぞれの場所で混血が重なってアジア人的になった。
この系統は、コーカソイド系のアーリア人が4000年前〜3000年前頃にウクライナ地方から四方八方へ侵略し始めた結果生じたと考えられる。インドには3000年前のブラフマンの侵入である。
アジアでは西アジアにヒッタイトルーツのトルコ系が侵入し、殷、秦、唐となった流れである。いわゆる「帝国主義」に従った王政を始めた人種と考えても良い。
とまあ、私個人はずっとそう考えてきた。
こうして、3000年前に古代中国の周の時代に北方に逃れた民族がさらに東へ追われてオホーツク人になり、最終的には樺太に逃げ、現地の縄文人と混じった民族が、いわゆるアイヌ人の始まりであって、アイヌ人は決して先住民族ではない。
つまり、こんな感じであった。
ところで、この北海道大学の研究者は、解釈において普通のこれまでの人類進化論を信じ切っている。
だから、本州日本人と韓国人が隣接する場所にランクされている。
しかし、Y遺伝子ハプロタイプ研究で既知のように、日本人の方が遥かに先に来るのである。
なぜなら、そうしないと、おバカな北大の研究者の書いた系図のように、北海道の縄文人と本州の日本人が別の種族のように書かれることになってしまうからである。
しかしながら、上のYouTube動画の話のように、実際には、縄文人には非常にバラエティーがあり、顔の濃いもの(彫りの深い)もいれば、顔の薄いもの(平たい顔族)もいれば、というふうだったのである。
逆に言えば、縄文人にはさまざまのバラエティーがあったからこそ、世界中に散っていた結果、その後それぞれの地で固有の顔として分離したとも言えるのである。しかし、日本にはその初期の時代からずっと生き延びてきた世界最古の国であるため、そういった様々の種が滅ぶことなく現存された結果、今尚濃い顔も薄い顔もいることができたのである。
それが、まだDNA研究ができなかった、知られていなかった、昭和の戦後初期には、中韓の独立機運を促すための政治判断や東京裁判やGHQの自虐史観育成計画などの時代背景にあり、「中国5000年の歴史」とか、「韓国4000年の歴史」とか、「縄文人と弥生人」とか、「渡来人」とか、そういうふうな政治的プロパガンダを込めた人類史が捏造されたのである。
そして、この延長線上に今の「アイヌ人問題」があるというわけだ。そして、これに北朝鮮共産党や中国共産党が裏で糸を引くのである。
ところで、日本人=縄文人とアイヌ人=オホーツク人とを決定的に区別する方法が知られていた。
実は、弓矢にトリカブトの毒をもるのはアイヌ人であり、弓矢に毒をつけないのが縄文人だったというのである。
縄文人の遺跡からは一切毒が見つからない。しかし、アイヌ人の遺跡からはトリカブトの毒が見つかったというのである。
この猛毒のトリカブトの毒矢によって、樺太から北海道、そして東北へと勢力を持ったのが、アイヌ人であり、日本人の先住民では最初からなかったのである。
とまあ、そういうわけで、縄文人=顔が濃い=アイヌ人というのは、まったくの埒外のフェイク歴史学だったというわけだ。
これにて一件落着。めでてーな。
まあだれしも、未来永劫国家にたかって働かずとも金もらえる特権階級になりたいからナア。俺だってそうだ。
しかしながら、それが嘘情報に基づいちゃいかんぜヨ。天罰を食らう。
北海道のコロナ地獄はそういうもんちゃうか?
改心せよ、北海道!
弥栄!
