これは1945年8月15日の日本の終戦の玉音放送の時がすぎても、樺太や東南アジアでは、残留日本兵士が独立のためにその場に残り、日本の終戦を敗戦とみなして、一気に日本が開放した植民地を取り戻そうと舞い戻った欧米の植民地支配軍と勇猛に戦ったのである。
中でも、インドネシア独立戦争は、この終戦の日から4年以上も戦争が続いたのである。2000人の日本兵がインドネシアのために戦い抜き、そのうち1000人が戦死した。
ルバング島の横井少尉や小野田中尉はそういう作戦のまま、ずっと内戦が続いていると思って何十年も1人で戦っていたというわけだ。
その独立戦争を描いたものが、ムルデカ17805だった。
また、南方の島々で米軍の飛び石作戦を遅らせ、フィリピンを米国に取られないように何とか時間伸ばし作戦を行った戦争を描き、連合軍による兵糧攻めに合いながらも、なんとかさつまいもを自分たちで植えて自給自足生活を行い、その長い戦争の間の士気を落とさないために、演劇分隊を作り、元気を取り戻し、勇敢に戦場へ戻っていったという実話を描いたものが、以下のものであった。
南の島に雪が降る
である。
そういうことをメモしていたら、どういうわけか、YouTubeのAIが送ってきた来たのかどうか知らないが、次のものが目に入った。
終戦記念日特番『大東亜戦争とは何だったのか!?』ゲスト:日本兵法研究会会長 家村和幸氏
この家村和幸さんのことは全く知らなかったが、自衛官パイロットのUFO研究家になった佐藤守さんのことを同業と言っていたから、おそらく自衛官だった人だろう。
第二次世界大戦が、ソ連のコミンテルンが世界の共産支配のためにずっと前から計画して起こした作戦だったというのは実に興味深い。
そのソ連の手先が、なんと
朝日新聞
だったというわけだ。
だから、いまも
アカヒ新聞
と揶揄されるわけですナ。
朝日新聞が日本をどツボに嵌めることばかり画策するのは、共産党のコミンテルンの日本支社だからということになる。
ここを見ている米国人は、朝日新聞は中国共産党やロシアの共産党とつるんでいるということを知っておくべきだろう。
そして、ロシアの共産党とアメリカのルーズベルトの側近たちが結託していた。
言い換えれば、アメリカの民主党とソ連の共産党はお仲間だったというわけだ。
だから、民主党のときに決まって他国で戦争を行い、世界を紛争地帯にする。
一度紛争地帯になって更地になり廃墟となれば、救いを求めて宗教に逃げ場を求めるかのように、共産主義に救いを求めるだろう。
そうやって、世界を共産主義の統一世界にしていく。
これがコミンテルンの野望だったらしい。
この意味で、アメリカとソ連は米ソ冷戦という形で戦争を広めれば広めるほど、その美味しいおこぼれをソ連がもらっていく。
という図式がルーズベルト大統領時代の民主党政権時代に完成したというわけだ。
そして、今現在のBLTやら人種差別運動、そういうものは、まさに民主党が支援しているわけで、その民主党をジョージ・ソロスやビル・ゲイツなどのユダヤ資本家が支援しているわけだから、まさにいまだ共産コミンテルンの野望が続いているというわけだ。
この意味で、今現在から今後を見る上で、世界史の中の日本史という視点で、大東亜戦争を見直すのが実に重要なことなのである。
この家村先生の本はこれである。
この本のタイトルにある、本土決戦については、その時若手海軍将校だったドクター中松の論文が非常に良い歴史的資料である。拙ブログのこれだ。
では、なぜ我が国は天皇陛下の玉音放送で停戦を余儀なくされたのか?
それは、ソ連の日本侵略を阻止するためである。
樺太で日本兵が戦い、樺太から北方四島を経て北海道に入れば、東北から北の日本をすべてソ連が手に入れることができる。
ところが、樺太で残留日本兵が勇猛果敢に何ヶ月も戦い抜いて樺太の半分でとどめた結果、我が国の北海道は終戦まで日本国内に持ちこたえられたのである。
さもなくば、北海道はいまの北方四島のお仲間だった。
北海道の魚介類、アイヌ、すべてロシアのものとなっていたわけだ。
英霊に感謝。靖国に感謝。
北海道の人は靖国神社へ参拝しろ!
ところが、今度はロシアが生み出した共産チャイナが馬鹿な北海道知事をハニートラップ、マネートラップして、北海道を実効支配しようとしているというわけだ。
つまり、いまだコミュンテルンの野望は終わってはいなかったわけだ。
さて、上の話の中で、
陸軍vs海軍
の仲の悪さが問題になっているが、司馬遼太郎の「坂の上の雲」にも出て来るが、日露戦争で戦死し、軍神になった広瀬大尉がいたが、彼はロシアに留学に行った。そこで、ロシア人美女と恋に落ちた。
いまだにロシア系白人女性に憧れる日本男児は多いが、彼女らの上にはロシア人の共産党の父親がいることを知らない。
つまり、海軍はロシア海軍とは結構戦った相手として親睦があったわけだ。だから、共産主義の隠れ信者もいたに違いない。いたはずだ。おそらく、山本五十六はその1人だろう。
かたや、陸軍は日露戦争やノモンハン事件などで、海軍の護衛のために、どれほどの陸軍兵士が死んだか計り知れない一種の恨みを感じていたわけだ。
さらには、例の脚気事件。Heaveneseでも海軍が賢く、陸軍は馬鹿だったみたいな感じだったが、そういうふうなイメージを作られてしまったのである。
しかし、拙ブログでメモしたように、当時の陸軍士官学校の教育はとてつもないものだった。
戦後、東京裁判で陸軍からのA級戦犯及び死刑はたくさん出たが、海軍からはA級戦犯や死刑宣告ゼロだった。
ここにも、米国海軍と日本海軍の仲の良さが出たのかもしれない。
すべては陸軍の暴走であり、海軍の正義が行われたかのような印象が戦後に与えられたというわけだ。
しかし、実際の戦闘では、ことごとく日本の敗戦のための条件を自ら作っていったのは海軍の方であった。
その張本人が、山本五十六であり、三國連太郎の父で佐藤浩市の祖父だったのかもしれない南雲忠一大将
であったというわけだ。
勝手にルーズベルトの策略にハマり、真珠湾攻撃をして米軍を呼び込んだ。
というわけで、海軍にはコミンテルンの一派が入りこんでいたのではないか?
それがソ連コミンテルンと米民主党とつるんで、我が国を戦争へ引きずり込み、我が国を共産主義国家にしようと画策していたというわけだ。
とまあ、そういう図式が見え隠れしてくるというわけだ。
これが歴史ぞ、これが歴史を学ぶということぞ(武田鉄矢の母さん風)
というわけで、実に興味深い考察だった。
(い)
一方、その悪者の汚名を着せられて東京裁判で死刑判決を受けた東條英樹の子孫がいたのである。
その子孫の歴史研究がこれだった。
終戦記念日特番『東條英機はどんな人だったのか?』ゲスト:一社)国際教養振興協会代表理事 東條英利氏
これも実に興味深いもので、上の家村さんの話と合わせると、大まかな流れが見えてくるだろう。
さて、しかしながら、俺に言わせれば、日清日露戦争、第一世界大戦、第二次世界大戦、そしてもう直来そうな、実質上は新型コロナでバイオ戦争として始まった第三次世界大戦の流れは、はるかに昔のイエスの時代、さらにはもっと前のペロポネソス戦争やカルタゴの戦争の時代からもので、フランス革命あたりから本格的に世界統一戦争の作戦として行われてきたものだと思う。
その一つの証拠が、アルバート・パイクの3つの戦争計画である。

アルバート・パイクの予言
1.「第一次世界大戦は、ツァーリズムのロシアを破壊し、広大な地をイルミナティのエージェントの直接の管理下に置くために仕組まれることになる。そして、ロシアはイルミナティの目的を世界に促進させるための“お化け役”として利用されるだろう。」
2.「第二次世界大戦は、『ドイツの国家主義者』と『政治的シオニスト』(パレスチナ地方にユダヤ人国家を建設しようとする人々)の間の圧倒的な意見の相違の操作の上に実現されることになる。その結果、ロシアの影響領域の拡張と、パレスチナに『イスラエル国家』の建設がなされるべきである。」
3.「第三次世界大戦は、シオニストとアラブ人とのあいだに、イルミナティ・エージェントが引き起こす、意見の相違によって起こるべきである。世界的な紛争の拡大が計画されている……」→今ここ
4.「キリストの教会と無神論の破壊の後、ルシファーの宇宙的顕示により、真の光が迎えられる……」
の描いたシナリオを順調に踏襲しているにすぎない。
その現代バージョンが、世界人類牧場化計画=通称NWOである。
だから、牧場の牛豚には、品評タッグをつけ、マイナンバーをつけ、断種ワクチン接種させて、必要な雄牛の精子を確保し、必要な雌牛だけ子を産めるようにし、カウボーイに完全管理させ、その後ろで、牧場主は優雅な生活を営むというように、人間どもにも、まったく同じことでいいんじゃネ。
というのが、連中の発想というわけである。
とまあ、これが今の現実社会なんですナ。
これをいつも邪魔しているのは、我々日本人。
だから、コーカソイドハーフを繰り出し、英語教育を煽って外人白人教師だらけにし、内から崩壊させていく。
子どもたちが白人を見たらきれい、ハンサムと思うように洗脳させ、日本人を見たら汚い、醜いと感じるように洗脳させていく。
これが、本当の文科省の英語教育の目的なんですナ。
ところが、ここにもまた白人の邪魔をするのが我々日本人。
白人よりハンサムでかっこいい日本人がいるわけだ。
金髪碧眼のハンサムボーイがどっかの田舎の小倅に見えてしまうような三船敏郎のようなやつがいるわけだ。
金髪碧眼の美女が、ダッチワイフのロボットかなんかに見えてしまうような和風美女が日本にはいるわけだ。
すんません、白人の旦那衆。日本人って君等のずっと祖先なんですわ。
とまあ、最後は一種のジョークのようなものだからネ。