みなさん、こんにちは。
いや〜、最近ハマっている石井希尚夫妻の主幹のHeavenese。昨夜のライブYouTube放送も実に興味深かった。これである。
『繰り返される九州豪雨の秘密』 HEAVENESE style Season4! 2020.7.12 (Sun) 20:00〜start!
今現在のアメリカの黒人問題を語る、バックシンガーのジャッキー・ゴーチェさん


マイケル・ジャクソン、チャカ・カーンなどのトップスターのコーラスだった女性。
さて、この番組の後半で、今回は「ラスト・サムライ」の話が出る。
これが実は九州における戦さのことを忠実に描いた作品だったというのだ。
1876年明治10年
の戦いを描いたという。
その前年、明治9年10月には
神風連の役(熊本)

↓
秋月の乱(福岡)

↓
萩の乱(山口)

↓
西南の役
九州は「失われた日本」「日本武士」の最後の砦だった。このいくつもの役をなぞって作られたものが、ラスト・サムライだったというのである。
そして、今回の九州災害はそれに目を向けさせるための涙雨だった。この解釈は興味深い。
もしこの解釈が正しいとすれば、今回の大雨災害は、戦後の高度成長期に出来たもの、
つまり、米進駐軍の支配の時代に日本人がアメリカナイズされてできたもの、昔の九州の武士たちがもっとも嫌った西洋化された社会、
そういう時代のものが全て流されたという解釈が成り立つかも知れない。
というわけで、九州の人たちは古来から続く昔の九州への道を再建できる最高のチャンスと考えることもできるかも知れないというわけだ。
大変な豪雨災害に見舞われたといることもできるが、それを「災い転じて福となす」というように、西郷隆盛の時代を取り戻すチャンス到来と見ることもできる。
実に興味深い解釈である。後者になることを願いたい。頑張れ、九州人。復活を願う。
ところで、YouTubeの番組をみると、いつも思うことがある。
どうして「良いね」の他に「悪いね」をクリックするやつがいるのか?
という問題である。
上のHeavenseのYouTube番組にも早速「悪いね」を押したやつがいた。
この謎を知りたいのである。
YouTubeの番組というものは私の最近のやつも含めて、作るのにも非常に時間がかかるし、それに比例してアップロードにも時間がかかる。
また見る方も時間がかかる。
だから、作者が時間をかけて作った作品をただで見せてもらっておいて、わざわざネガティブコメントを書く、「悪いね」をヒットするやつがいるということが俺には信じられないんですナ。
そういうやつは、見る前から「悪いね」を押すことがわかっているわけだから、見る必要がない。見なきゃいいのである。
そのバカ野郎にとっても時間の無駄だろう。
というわけで、YouTubeには「良いね」の数の大小あるだけで、「悪いね」はゼロになるはずだと思うわけだ。
が、かならず「悪いね」を押すものがいる。
この理由を俺は知りたいというわけだ。
つまり、こういうやつは人間ではないのではないか?おそらく、ヒトモドキだろうと信じるわけですナ。
人間としての矜持や常識が備わっていないヒトモドキ。
人は自分が悪いと思うものには悪影響を受けるから普通は近づかないから、「悪いね」はないはずなのだ。
直感的に、自分で嗅ぎ分ける。
したがって、「良いね」の数に対する「悪いね」の数の比率が、この地球上にいる、人間vsヒトモドキの比率ではないか、と分析するわけだ。
我々は、これまでの科学では、人を見る場合、ハードの面、つまり、肌の色とか、目の色の違いとか、体型や骨格とか、顔のメリハリだとか、足の長さの違いだとか、ペニスの大小とか、。。。そういったハードの面だけを見て区別してきた。
しかし、それは間違いだ。
むしろ、ソフトの面の違いを見るべきだ。
つまり、あるものを見せた場合、その反応の仕方に違いが出る。
ほとんどの人間が正義だと感じることを、ある人間は逆に不正義だと感じる。
こういう捻じくれた精神構造というやつをはっきり区別できるべきである。
ハードを作り出す遺伝子に対立遺伝子があるように、ソフトを作り出す遺伝子にも対立遺伝子がある。
それが行動遺伝子というものだ。
この行動遺伝子と「悪いね」を押す性質とはマッチしているはずなのである。
犯罪というものは、大半の人間が悪いと思うことを悪いと思わない人間が行うわけだ。
したがって、YouTubeでみる「悪いね」を押す人間は、おそらく「犯罪者予備軍」としての資格があるかも知れないわけだ。
つまり、言い換えれば、YouTubeで「悪いね」を押す人数の比率が、この世で犯罪を起こす人間の潜在的な人数の比率ではないかと俺は睨んでいるわけだ。
これまで見たところでは、おおよそ100対1程度。
つまり、武漢風邪に感染する人間程度の比率で、将来的に犯罪を起こすやつがいるということになる。
そのうち、YouTubeにAIが組み込まれるようになるのは間違いない。
そうなると、YouTubeはGoogleとタッグ組んでいるから、その人物が「良いね」や「悪いね」を押したというデータがビッグデータの一部に組み込まれていくだろう。
多分すでにそうなっている。すでに当局には、「悪いね」を押した人物のリストができているというわけだ。
つまり、何をいいたいかというと、人の評価を下げるような評価を行うと、それがそっくりそのまま自分に跳ね返る可能性が高いというわけである。
これは俺自身自戒することである。
ところで、こんな話がある。
英語の教師が英語のテストを採点する場合、その採点の仕方から、逆に英語教師の思想が採点されるのである。
1個の問題だけではたいしたことはないが、たくさんの問題の採点の結果をみると、いまでは、その教師がどんな人格でどんな思想の持ち主かまで、逆に推定できるのである。
昔はこういうことはある程度ありそうだとはわかってはいただろうが、そういうことを調べるものはいなかった。
しかしながら、今ではたくさんの公的機関のテストがあるから、採点がフェアである必要があり、採点する側の評価というものが必要になるのである。
辛い先生、甘い先生、共産主義思想の先生、精神に問題のある先生、。。。。
こういったものは、生徒を採点すれば、その結果に反映するのである。
つまり、YouTubeでもそうで、たくさんのYouTube番組を見てそこでうかつにも「悪いね」を押しまくったとすれば、そのデータがビッグデータに蓄積される。
そうして、オススメにとんでもないものが飛び込むようになる。
すでにAIにあなたは分析されているのだ。
こいつはヒトかヒトモドキかを。
いやはや、世も末ですナ。