みなさん、こんにちは。
ところで、最近私は量子力学の教科書を何十年かぶりに買ったのである。これである。結構高かった。
(6500円)
黄色い数学の本といえば、ドイツのシュプリンガーフェアラークの本である。
創設者のシュプリンガーの遺言で、数学や物理など数学に関連するものだけを扱い、必ず黄色をつけることが最低条件となったという出版の老舗である。
それを我が国の丸善が日本語版を扱う。丸善はほぼ独占企業だから、定価が高い。上の本は6500円である。
しかしながら、私もあと何年自分の頭脳がいままでのように働き続けるかわからないという年令になってきたから、これまで一度も見たことがなかったシュウィンガーの量子力学の本が比較的最近の2012年頃に出版されたので、一応気にはなっていたのである。
そしてついにアベノ10万円を当て込んでこれを買ってしまったというわけだ。
ちなみに、ここ阿南は、アベノマスクもアベノ10マンも未だ来ない。
大阪神戸当たりで全部抜かれたか、あるいは、淡路島の当たりで山口組に抜かれたのだろう。
これまで、量子力学の名著というと、量子力学が発見された1926年頃から存在し、特に量子力学の骨格が完成した1930年頃〜1933年頃にかけて名著が誕生した。
(あ)量子力学の発見者のハイゼンベルクは「量子論の物理的基礎」を出版。
(い)イギリスのディラックは未だに名著で、多くの物理学者がバイブルのようにしている、「量子力学」を出版した。これは我が国では、朝永学派が翻訳した。
私が大学で初めて量子力学を学び始めた時に生まれて初めて読んだ洋書がこのディラックの教科書の英語版だった。
(う)ハイゼンベルクの、盟友パウリはドイツ科学界最高の権威 Handbuch der Physik(1933)に「波動力学の一般原理」を執筆。
これがだいぶ後に我が国では、パウリの「量子力学の一般原理」(1975)として出版された。いまは絶版だ。
このドイツの「物理学のハンドブック」という名前のシリーズは世界の最高の物理の百科事典のようなもので、これがドイツ語で読める人は非常に有利と言える。特に昔のドイツの物理学がいかに進んでいたかを表す歴史的証拠のようなものである。
(え)E. シュレーディンガーはオリジナルの自分の論文集が本として出版。
(お)後に、長年をかけて朝永振一郎先生が、ハイゼンベルクの教科書を噛み砕いてわかりやすい計算の説明を加えて自分の教科書にしたものが、朝永の量子力学である。
ちなみに、朝永振一郎は戦前ドイツのハイゼンベルクのところへ留学していた。第二次世界大戦勃発と共に帰国したのである。
たしか私の記憶では、ハイゼンベルクには朝永を含めて10人ほどの弟子がいたが、その全員が後にノーベル物理学賞を受賞したという。
(か)我が国の朝永振一郎とともにノーベル物理学賞を受賞した、アメリカのアメリカ生まれのアメリカ人の初めてのノーベル物理学賞受賞者といわれたファインマンは、カルテクの物理学講義録が量子力学の教科書になった。
とういうようなわけで、私が学生の頃には、こういった量子力学の本しかなかったわけだ。
しかしながら、朝永、シュウィンガー、ファインマンの3人が量子電気力学の完成でノーベル賞をもらったわけだから、朝永とファインマンはどちらも量子力学の教科書を書いていたわけだから、ハーバード大の神童との呼び声の高かったシュウィンガーもまた量子力学の教科書を書いていたはずだと思っていたのだが、どういうわけかそれがなかったのである。
朝永の教科書は徹底的にハイゼンベルクの後をたどり、シュレーディンガーの後をたどり、ディラックの後をたどって、一つの完成された形の量子力学を構成したという感じの教科書だった。本来は第三巻めがあるはずだったが、未完に終わった。おそらくそれは量子電気力学の巻だったと思われる。くりこみ群まで進むはずだった。(ちなみに英語版には第三巻まであるという。)
一方、ファインマンの教科書は徹底的に物理の観点から理論が構築される。このいわゆる「ファインマン流」という理論物理学のスタイルが、ロシアの「ランダウ流」と似ていることもあって、物理的直感の方が数学的論理より優先すべきだという本来の理論物理学者の観点を強烈に支持してきたから、世界的にも人気が高い。
そして、実際にその物理学者の観点から「ファインマンの経路積分」というノーバート・ウィーナーのウィーナー積分以来の革命を起こしたわけだからなおさらだった。
実は、パウリの教科書を読めた人なら、すでに経路積分のヒントはディラックではなかったことがわかるはずだ。
実はパウリが基にしたのはロシア人のエーレンフェストだった。エーレンフェスト夫妻は夫婦ともに理論物理学者だった。奥さんの方が優秀だったという説もある。
夫は自殺して亡くなるが、奥さんの方が長生きしたらしい。
ロシア人のエーレンフェストがやったことは、ハイゼンベルク、ディラック、パウリ、シュレーディンガーなどのスーパースターにそれとなく横取りされたから、失意の内に自殺してしまったのかもしれない。
せいぜい残っているのはエーレンフェストの定理とか、エーレンフェストの壺の問題とか、エーレンフェストの方程式である。
最後のエーレンフェストの方程式は、その後、マーデリングー高林方程式と呼ばれるようになってしまった。そして、エドワード・ネルソンの確率量子化の方法で、ネルソンー保江の方程式と呼び直されるというわけだった。
哀れなエーレンフェスト。人が良すぎた?
そんなあんなで、どうしてウィーナー以来の天才、神童としての呼び声の高かったシュウィンガーには量子力学の教科書がないのか?
これが私の最大の疑問点だった。
それがついに先日思い切ってアベノ10マンを当て込んで買ったというわけだ。
そして中を読んでみると、その疑問が吹っ飛んだ。
訳者2人の序文にその答えがあった。
要するに、
ジュリアン・シュウィンガーは自分の量子力学の講義を出版することを禁止していたのだ!
完璧主義の証であった。
自分はまだ完全には量子力学を理解しきれていない。だから、不完全なものを出版するな!
そういう事情だったようだ。
このシュウィンガーの教科書の編者はエングラート。たしか、ヒッグスー。。ーエングラートー。。ノーベル賞の方かと思ったが、そうではなく、イギリス人の
B.-G Englertだった。
どうやら、シュウィンガーの死後、親族や弟子仲間の中でお前がやれと言われて、シュウィンガーの講義録や講演録から教科書を作りあげたらしい。
この意味では、ファインマンの教科書に似ている。
ファインマンがカルテクの講義録なら、シュウィンガーはカリフォルニア大学での講義録である。
ところで、翻訳者は日向裕幸(1946年生まれ)という人と、清水清孝(1945年生まれ)という人である。共に、SUNY StonyBrookの大学院卒業生でPh. D. in Physicsであった。
これで俺はピンときたネ。
私の師匠のビル・サザーランド(Bill Sutherland)は1945 年生まれで、同じくSUNY StonyBrookの卒業生である。
ちょうどC. N. Yangがプリンストン高等研究所から新設のSUNY StonyBrookの物理学研究所へ移ったばかりの頃だった。だから、BillはYangの学生になったのだった。
だから、おそらくこの3人は同時代のSUNY StonyBrookにいた。顔見知りだったのかもしれない。
その辺を聞いてみたい気がするナア。
たしかディラック先生がSUNY StonyBrookに来た頃学部の集合写真があって、それを見たことがあったのだが、その中にはビルが映っていた。ひょっとしたら、日向先生と清水先生もその中にいたのかもしれない。
写真では東洋人がいると中国人だろうと思ってしまうので、気づかなかったのかもしれない。(後で写真を確認したところ、その写真には2人の姿はなかった。天才ビルは何年か飛び級していたから、ひょっとしたら彼らの学年が1,2年後だったのかもしれない。)
さて、話を最初のシュウィンガー量子力学をなぜ買ったのか?
に戻るが、実は量子力学には、作用原理をいくつかのやり方で表現する方法がある。
古典力学は作用原理、いわゆる、最小作用の原理のことだが、これで理論を構築できる。
この古典力学の最小作用の原理は、量子力学ではどのようになるのか?
をめぐって、量子力学の専門家たちは数多くの論文を書いてきた。
その代表的なものが、
(あ)ディラックのアイデアを完成させたファインマンの経路積分の方法。
これは一般には、ディラックは最初でそれをファインマンが完成したことになっているが、古くはハイゼンベルク、エーレンフェストのアイデアに端を発し、パウリの教科書には、実質的にディラックより先を行ったアイデアがある。
(い)現代確率論を用いた、ネルソンー保江の確率量子化の方法、ここから保江方程式が降ってきた。
ブラウン運動理論を量子に応用すると、時間の向きを未来と過去の両方を考えれば、量子力学を再構成できるというアイデアである。
がこれこそ、最初にエーレンフェストが気づいたらしきものだった。後にエディントンがそれを明文化。それから、保江、ザンブリニ、長澤正雄などが使う。
(う)そしてもう一つが、
シュウィンガーの量子作用原理
といわれるものがあって、我が国の名古屋大の中野藤生先生が非平衡統計理論に盛んに使ったものであったのである。
だから、だいぶ前からこれがどこから来たのか知りたかったのだが、なかなか原論文を読んでもよくわからない部分が残っていたわけだ。
まあ、俺が頭が悪くて理解できなかったのだろうが。
それで、もしシュウィンガーが量子力学の教科書を書くとすれば、ファインマンの経路積分のように、この量子作用原理を全面に出すはずだと思っていたわけだ。
だから、シュウィンガー量子力学を見た時に、ひょっとして「シュウィンガーの量子作用原理」が出ているんじゃないかと直感したわけですナ。
そしてついに買ってしまったというわけだった。
そして実際に手にとって中を見ると!
ビンゴ!ぴんぽ〜〜ん!
あった、あった、あった〜〜!
第5章が「量子作用原理」だったのだ!
というわけで、万事めでたし、めでたし。
この詳細については、すでにネットには誰かが書いているからそういうものを読んでもらうことにしたい。
私自身は、この量子作用原理と高橋秀俊先生の量子力学との関係をつけたいと思っているわけである。
まあ、実にマイナーな問題ではあるが。
やはり量子力学や量子電気力学で一角の業績を上げた人には独自の手法というものがある。
朝永のくりこみ群、ファインマンの経路積分、シュウィンガーの作用原理、ダイソンのダイソン方程式、
ちなみに、超多時間理論は朝永とシュウィンガーが独立に行った。
しかしながら、シュウィンガーでも量子力学をどう教えたらよいかよくわかっていなかったと自分で考えていたというのは、実に興味深い。
量子力学というのはそれほどわかりにくい部分があるのである。
いまだにだれもクリアカットに理解できる人はいないのではなかろうか?
ところで、 物性論に場の量子論を持ち込んで物性論の神様のような大家となったP. W. Anderson(アンダーソン)は、シュウィンガーのハーバード大時代の学生だった。無論アンダーソンはアンダーソン局在でノーベル物理学賞をとっている。
そして数年前にトポロジカル量子化でノーベル賞をもらった物性論のF. D. M. Haldane(ダンカン・ハルデーン、本来はホールデン)は、このアンダーソンの弟子である。だから、ハルデーンはシュウィンガーの孫弟子にあたる。
朝永の弟子でノーベル賞をもらったのはだれか?そういう人はいるのだろうか?
おそらく、戸田格子の戸田盛和先生が朝永の弟子と言えるかもしれない。また、数学者になった佐藤幹夫博士は朝永のところで量子力学を勉強したから、広義には朝永先生の弟子だったと言えるかもしれない。だから、ノーベル賞ではないが、数学における大きな貢献を果たすことになったといえる。
その佐藤幹夫先生のお弟子には、三輪、神保、柏原といて、ソリトン理論に革命を起こし、柏原正樹先生はD加群で数学界の大きな賞をとったから、やはり朝永の孫弟子もそれなりの大きな賞を得たといえるだろう。
この佐藤学派の数学の中に朝永流の場の理論の息吹が生きているのは、誰の目にも明白だろう。
戸田盛和先生の助手がソリトン理論の和達三樹先生だから、和達先生は朝永先生の孫弟子といえる。しかし戸田先生は10年前にお亡くなりになられ、和達先生も早世されてしまった。
ところで、私は昔は持っていたが留学前に高校へ寄付したために未だに持っていない本に、
フォン・ノイマンの「量子力学の数学的原理」がある。
このフォン・ノイマンが「ヒルベルト空間」という概念を量子力学へ持ち込んだ最初の人ということになっているが、それは無知のなせるわざ。
「知らないことは存在しないこと」
という誤った人間原理の思考形態に基づく。最近では、量子力学でもそういう事を言う人がいるから困る。
このジョン・フォン・ノイマンはデビッド・ヒルベルトのいたゲッチンゲン大に留学したハンガリー人で、後にヒルベルトの弟子、助手になったのである。それが1920年代のゲッチンゲン大である。
その時代に、ボーアの原子論ができ、アメリカからのイギリスへの留学生だったノーバート・ウィーナーが、現代確率論の基礎であるウィーナー過程やウィーナー積分を引っさげて、ゲッチンゲン大やフランスの大学へいって種を撒いたのである。
だから、ウィーナーは1926年には時間微分やハミルトニアンが演算子であるという論文をマックス・ボルンと共著で書いたのである。
これは私のYouTubeのウィーナーの話でも紹介した。
フォン・ノイマンの本はそれから何年経って生まれたのだろうか?
さて、このフォン・ノイマンは、死の直前には、それまでは自分(や同郷ハンガリー人)の知能の高さを火星人に例えていたらしいが、ウィーナーの方が自分よりずっと上だったのではないかと言っていたらしい。
私の個人的観点からしても、それは正解であると思う。
電子計算機の開発でも、フォン・ノイマンは整える人であって、生み出す人ではない。
すべての最初の起源はウィーナーであった。
そもそも電子計算機のチューリングといっしょに研究していてチューリングをアメリカへ呼んだのもウィーナーである。
だいたいプリンストン大に高等研究所を作ってアインシュタインを呼べと、ヴァネヴァー・ブッシュの尻を蹴ったのはユダヤ人のウィーナーだった。
ウィーナーがいなければ、ナチス時代のドイツのユダヤ人は職を取ることが出来なかっただろう。だから、あとから付いてきたフォン・ノイマンにも職がなかったはずなのだ。
ドイツ的で権威主義のおごり高ぶった天才フォン・ノイマンは、躁鬱の気のあるが気さくなアメリカの叔父さんのウィーナーを軽んじた。
が、フレシェ微分のフレシェに手ほどきしたのもウィーナーだった。
バナッハと研究交換しながら競争していたがバナッハ空間だけの名がついてしまったのに憤慨したのもまたウィーナーだった。
さらには、マカロックとピッツの脳細胞回路理論の、グッド・ウィル・ハンティングのマット・デーモンのようなやつがピッツだったが、その天才孤児のピッツを救い出して指導したのはウィーナーだった。
そのピッツとマカロックに数学原論を教えて、計算の最終のロジックを教え、それが脳細胞にあることを発見したのは、ウィーナーの指導のおかげだった。
そしてそのマカロックーピッツ理論を基に電気回路に応用し、そこから電算機と情報の概念を生み出したことになっっているのはシャノンだったが、そのシャノンのメンターがMITのウィーナーであった。
こういった大きさと規模と範囲からすれば、フォン・ノイマンなどまだたかが知れているのだ。
そして、最後になるが、このノーバート・ウィーナーがもっとも尊敬した学者、それが
オリバー・ヘビサイド
だった。
ウィーナーはヘビサイドの伝記を書いたと言われている(未公表)。
古典力学のように、きれいに量子力学を学べる日は来るのだろうか?
つまり、解析力学のように、解析量子力学なる学問が登場する日は来るんか?
ちなみに、保江邦夫先生はディラック以外は読むなと言っている。
が、俺は、学生時代から含めれば、ほぼその時代に手に入った教科書のすべては読んできた。
上の本だけではない。単にいま今の本棚にあるだけだ。
プランク物理学講義やゾンマーフェルト講義録から始まり、シッフ、メルツヴァッヒャー、ランダウ=リフシッツ、バークレーの教科書、。。。日本語の教科書、。。。ともう名前すら思い出せないほど多くの教科書は読んできたと思う。ユタ大大学院の教科書はJ. J. Sakuraiの量子力学だった。
それでも、いまだしっくり来ないのは、やはり何かが欠けているからだろう。
おまけ:
これには、アメリカの学部の教科書であるファインマンの教科書と大学院の教科書であるJJサクライの教科書が抜けている。むろん、1999年にはまだシュウィンガーの教科書は出ていなかったから、これもない。