みなさん、こんにちは。
私がこの時期いつも一人で勉強している場所はこんなところ。
目の前には、
こんな海が見える。
私は海のない山梨県甲府育ちだったから、この自然は新鮮である。
今日は久しぶりにスーパーで弁当を買ってここで昼食としゃれこんだ。
「だれもいない海〜。一人の愛を確かめたくって〜!」
というやつだ。
そこで、あの有名な「ラー文書:一なるものの法則」の本を読んでいた。
するとどこからともなく黄色い声がする。ふと見ると現役の女子高生たちだった。
いまは学校が休みだ。しかも昔のように、体育館で練習できない。部活できない。
というわけで、女子高生たちが浜辺でトレーニングをするらしい。
そこで、「どうぞ」と言って、そこを退散。
別れ際に
「面白い話を教えてやろうか?」
というと、
「はい」
って返事が来たから、「武漢コロナと緑茶と和食の力の話」を一席。
女子高生たちは、講演料3000円は得したな。若いって素晴らしい。素直って素晴らしいですな。
ラッキーな女子高生だ。きっと家族に話してその家族も救われる。
さて、そうだ今思い出した。
女子高生のことをメモする内に危うく本題を忘れてしまうところだった。危ない。
その「ラー文書」なるもの、および「一なるものの法則」の話だ。
AKさん率いる「コズミック・ディスクロージャー」のコーリー・グッドとか、エメリー・スミスとか、司会者のデービッド・ウィルコックスのような白人青年たちがかなり「上から目線」で
「一なるものの法則」
なんて勿体つけた言い方するから、いったいそれはどんなものかと確かめたくてつい本を注文して買ってしまったのだ。これだ。
富東バレー部の女子高生が来るまで私はこれを読んでいたのである。もっとも序文の大半はすでに家で読んでいたのだが。
まあ、ウィルコックスが得意になって「一なるものの法則」なんていっていたから、たいしたことかと思っていたら、なんちゅうことはない。
たぶん、チコちゃんじゃないが、
我が日本国民全員に問う!
人が死んだら最初にどこへいくと思いますか?
「三途の川のこっちがわへ行く」
と答えるだろう。そして、六文銭を持って三途の川を渡る船に乗って、向こう岸へ行く。
すると、そこに自分の昔亡くなった親族やいろんなひとたちが住んでいる。
とまあ、こんなふうのことをイメージして答えるに違いない。
俗に言うところの、「死後の世界」、丹波哲郎の「大霊界」である。
湯川秀樹と朝永振一郎の数学の師匠、岡潔は、生前極度の研究スランプに陥った時、高野山で修行をし、空海の古文書を読みふけったという。
そして下山するや、あれほど難問中の難問と思えた問題が、すでにきれいに解けていたという。
そして、その後にお書きになった幾多の本で、
人は霊=魂を磨くために生きている。
そのためには、数回の生まれ変わりを行う。
その最後に卒業試験を行う。
もしそれにパスできれば、もっと次元の高い他の惑星系に生まれ落ちる。
こうやって人の魂は転生を繰り返す。
とまあ、こんなふうな人間の魂浄化の法則を岡潔は書き残したのである。
それで、岡潔の死後、そのご遺族の中の医者になられたお孫世代が、こんなことを書いていたことが世間に知られたら岡潔の評価が下がると恐れて、すべてお隠しになったというわけである。すくなくとも、いちばん大事な部分は出版拒否。
こういう反応は、実際には岡潔の評価が下がることを恐れているのではなく、自分の評価が下がることを恐れたにすぎない。死んだ岡潔には評価など無関係。現世に生きる医者としての自分の評価が下がるのを本当は恐れているのである。
このように、一番霊的でなければならない医者ほど、実際には一番即物的で唯物史観に毒されているのである。
むしろ、数学者や理論物理学者の方が覚醒が早い。
さて、「ラー文書」の「一なるものの法則」とは、この「大霊界の法則」のことだった。
日本人なら実によく知っていることだったのだ。
すくなくとも、神代文字の時代、古史古伝の時代、神道の時代、そして古事記の時代からよく知られてきたことである。
この意味では、我が国の国の色になっている「藍色(あいいろ)」というのは、その「ラー文書」をチャネリングした「ブルーエイビアン」の色である。
西洋人には「藍色」というのは理解不能だから、青ければなんでも「ブルー」としか英語では表現できない。
「エイビアン」という語もほんとうなら、日本語の「藍色」のことかもしれないわけだ。「藍色のエイリアン」という意味だろう。
つまり、我が国の遥かに遠い祖先に「日本人の霊的世界観」を伝えた知的存在、それは「藍色の鳥族」だったかもしれないわけだ。
だから、サッカーのユニフォームも藍色、サブライブルーとは藍色の意味である。守り神は八咫烏。
まさにこれはブルーエイビアンの色である。
この意味では、日本人はブルーエイビアンの子孫とも言えるかもしれない。
だから、白人外人はなんでもかんでも常にちょっとなにかに通じると、それを逆手に「テイクイニシアティブ」を取ろうとするわけだが、今回の「一なるものの法則」もそうだった。
「この法則をまだ知らない君等は霊的に遅れている」
と言っているわけだ。
しかししながら、歴史は正反対。真逆だった。
この法則を知らなかった西洋白人種が、植民地主義の下、フランシスコ・ザビエルが我が国へもやってきて、すでに神道として「ブルーエイビアン以上の知恵を持っていた」日本人に対して、
「そんなアニミズムは捨てろ。カソリックを信じろ」
と強制した結果、「隠れキリシタン」や「キリスト教徒」は生まれてしまったわけだ。
それから500年以上経って、いまやそういうキリスト教を教えつけた方が、クリスチャンの国家の荒廃ぶりが激しくなり、人心もみだれた。
しかし、まったくキリスト教徒にならなかった方の神道や仏教の日本人の住む日本の方が別の惑星のように光り輝いて見える。
そこで、自分たちの西洋人の文明には何がおかしいのかと米国の物理学者が、退行催眠や前世療法の手法を駆使して、様々の実験を繰り返した結果、ついに得た知識、それが「一なるものの法則」というものだった。
しかしながら、それは日本人が伝統的に感じて持っている日本人の死生観そのものだった!
というわけである。
何という皮肉。
日本人に生まれてよかった。
というのは、まさに言い得て妙である。
おそらく、私の印象では、西洋語にはこのブルーエイビアンの語る内容をうまく表現できる言葉(英単語)がまだ存在しない。
そこまで進化していないのである。
一方、日本語には十分すぎるほどそういう単語があふれているのである。
だいたい西側諸国の支配者を自称した西洋人には、「うまみ」という言葉も概念もなかった。だから「だし」という発想も存在しなかった。
いまでも「生きがい」という概念がない。
彼らに取り、「人生は神との契約」でしかなかったわけだ。
「人間そのものが神だ」という思想は西洋には存在しない。
それが、このブルーエイビアンに教えてもらってやっとちょっと理解したにすぎない。
外人は、いわば図体はでかく、機能は揃っているが、何もインストールされていないロボットのようなものである。
これでは、我が国のスピ系の尊師や導師の前には赤子同然。ヨーダが日本人であるわけだ。
とまあ、女子高生JKたちがくるまで、一人こんなことを考えながら読んでいたわけですな。
ところで、その本の中で興味深かったのは、ラーソンなる理論物理学者の研究の話。これは非常に興味深い。
時間は1次元ではなく、本当は3次元だという話。
これについてはまたいつか。