さて、約1週間ぶりのメモになるが、恒例の年頭所感をいくつかの分野に合わせてどんどんメモしておこう。あくまで私個人の印象メモに過ぎないから、信じる信じないはあなたのおむつ次第、じゃなかった、おつむ次第というわけである。
今大会、いわゆるごく普通の公立高校、それも県立高校ではなく市立高校で、冬の選手権に出場し、初戦突破したのは、この徳島市立が唯一である。
しかも、最後の4試合、ベスト8まで進んだのもまたこの徳島市立が唯一だった。選手権では初。先夏のインターハイでのベスト8に続いた。
実は私は県予選決勝は毎年見にいっているから、この徳島市立と徳島北高の決勝戦を見ている。ともに公立の進学校である。北高は県立の進学校。市立もまた進学校である。ほぼ互角だったが、決定機に得点できた市立が全国への切符を手に入れた。
要するに、地方の公立校の進学校のサッカー部が、冬の選手権ベスト8以上に入ることはほぼ事実上は不可能なのである。
なぜか?
というと、要するに、3年生は夏の6月のインターハイで引退してしまうからである。受験に備えて受験勉強に入るからだ。
にもかかわらず、市立は何人かが冬まで残る形が維持された。つまり、浪人覚悟で今大会に挑んだのだ。
実はこのパターンは、1970年代の我々の時代からまったく変わっていない。私の時代もサッカー部の3年生は夏のインターハイで引退したのだった。そして、大学受験を行なわない限り、来年の進路が決まらない。
地方の進学校で現役合格を目指すには、夏に引退しなければまず大学受験に間に合わない。それでも遅すぎるくらいである。だから、たいていは冬の選手権のときは受験勉強一色になり、サッカーどころではなくなった。
一応、県下有数の進学校の徳島市立もその日本の伝統に大きな影響を受けそれに従ったわけだ。
一方、サッカーの強豪校の私立高校は、だいぶ様相が違う。
それは、1993年にJリーグができたこと、そして、私が以下の意見
を当時まだだいぶまともだった朝日新聞へ寄稿したことなどから、いわゆる「推薦入試制度」が公に広がることになり、さまざまの大学でこれが採用されていく。
そして、スポーツ推薦、音楽推薦、一発芸推薦などが流行していったわけだ。
我々の時代はいくらスポーツの才能があろうが、頭が悪ければ、というより、大学入試の一発入試に合格できなければ、大学スポーツに入っていくことは不可能だった。室伏広治であろうが、なかろうが、頭の善し悪しに関係なく、単に大学入試に合格しなければ、大学に進学することはできなかったのである。
それが、いまでは、まずスポーツで顕著な成績を収めれば、スポーツ推薦で大学に入ることができるようになったわけだ。
その結果、夏のインターハイで結果を残せば、スポーツ推薦で大学進学がほぼ決まり、冬の選手権などに存分に集中できる環境が生まれた。
というわけで、スポーツの強豪校やサッカーの強豪校にとり、スポーツ推薦は非常にプラスに作用したわけだ。
スポーツ推薦で有名大学に入った選手もまずは大学へ進学し、そこで勉学に励めば、別の才能を発揮できるし、さらに大学院へ行って、そこで博士号を取ることも可能になった。こうして、室伏広治も大学院でスポーツ学の博士を取得できるような環境に変わっているのである。
もっとも最近では、逆にスポーツ推薦が早く決まってしまうために、推薦の取れた生徒たちがこれからいざ受験となる生徒たちの受験勉強の邪魔や障害になるという結果にもなっているようだが。推薦が決まった生徒はこれから試験の生徒の邪魔になることは絶対にしてはならない。特にサッカー選手たち。調子に乗るな!
たしかに、29年ほど前、いまの私立の監督の河野監督が選手だったときに夏のインターハイで全国優勝したようだが、その時代と今とではまったく環境が異なるのである。
昔は私立も市立も県立も環境においてそれ程の差はなかったが、いまでは私立の強豪校は人工芝や天然芝のグランドがあり、トレーニングルームもある。山梨学院大学付属校なども何面家のサッカー場があるし、プールも筋トレルームもオリンピックレベルである。
しかも科学技術基本法(1996年)以来、首都圏や大都市と田舎の地方都市とで経済格差が生まれ、地方の公立高校は校舎やグランドも整備されておらず、大半が土のグランドである。私の息子二人の高校もそれぞれ土のグランドで野球部やホッケー部と共用のグランドで練習した。
実際、徳島市立は徳島県で唯一人工芝グランドを持つ学校である。他の高校には芝のグランドはない。強豪の徳島北、城東、城南、城北、城之内、川島、鳴門、鳴門渦潮、小松島、富岡西、富岡東、。。。全部昔ながらの土のグランドしかないのである。
だから、我々の時代より、そして河野監督の時代よりはるかに圧倒的に私立高校が有利になった。そんな極めて不利な環境の中で、一般の地方の市立高校サッカー部が冬の選手権の全国大会のベスト8に入ったというのは、これを快挙といわずしてなんというべきなのだろうか?
本当にご苦労さま、お疲れ様と言いたい!
おめでとう、徳島市立高校。
(い)サッカーの指導ほど難しいものはない!
まあ、サッカーの指導ほど難しいものはない。これはやったことがないとわからないだろう。
というのは、バレーやバスケの場合は監督もある程度選手といっしょにやることができる。高齢になってもいっしょにプレーできる。なぜなら、コートが小さく狭いからだ。だから、こういう場合はどういうふうにプレーしたらよいか、監督がお手本を見せることができる。監督が昔の名選手ならスリーポイントを決めて見せることができるだろう。
ところが、サッカーはコートが広い。だから、監督が選手といっしょにプレーしてお手本を見せることは、30台ならある程度できるかもしれないが、40台ならかなり苦しくなり、50台以上ならもうほとんど不可能になるわけだ。50m6秒台で走ってそこからセンタリングするなんていう芸当はまず不可能になるわけだ。30mロングシュートとか、オーバーヘッドとか、ヘディングシュートとか、大事なプレーを身を持ってみせることができない。45分ハーフで戦うなんていうことはまず不可能。
合気道や柔道や剣道ならそれができる。しかしサッカーではそれが不可能になるわけだ。
盛りをすぎた人間が最盛期の若者に芸で勝つことができない。この事実がサッカー指導がスポーツ指導の中でもっとも難しいという原因なのである。まだラグビーなら監督の身体が大きければ不可能ではないが、サッカーでは不可能だ。
だから、有名私立高校では、総監督から実質の指導者であるコーチまで11人もいる。今大会の優勝候補筆頭の青森山田のサッカー部には指導者スタッフが11人いるのだ。一方、徳島市立は多くて3〜5人だろう。半分はボランティアである。
(う)少子高齢化の荒波→徳島は全国に一番近い都道府県!?
さて、今大会あたりのちょっと前あたりから、徳島市立に県外の選手が入学するようになった。愛媛や香川からサッカー部に入るようになったわけだ。今大会の私立のキャプテンは愛媛出身だった。
それもそのはず、私が徳島県に住むようになった24年前にはまだ32チームほどあったが、年々学校の統廃合や合併で学校数が減り、いまや28チームになった。さらに数年のうちにサッカー部を作れずチームを送り込めないサッカー部がかなり出てくるだろう。
だから、おそらく形の上では25チームか24チームくらいまで一気に減りそうな勢いである。
その上、上位ベスト4の4校には県のサッカー協会の規定上シード権がある。だから、2回戦から登場する。こうなると、全国大会へは
たったの4試合で県代表になれる。2回戦、準々決勝、準決勝、決勝である。
おそらく、東京や大阪のブロック決勝より試合数が少ないだろう。
今回、徳島市立が冬の選手権に残ってしまった結果、これが全国に知られる結果になってしまった。
アナウンサーが言った。
「キャプテンの安倍選手は徳島市立がもっとも全国に近いと信じて彼は愛媛から入学してきたのです」
まあ、大阪の補欠選手が一同に徳島県のチームに集まれば、一気にレギュラーとして全国に出場できるだろう。
それは、サッカーに限った話ではない。バレー、バスケ、ラグビー、。。。なんでもそうだ。人口が少ないわけだから、全国切符に一番近い。
つまり、「天国へ一番近い県」がここ徳島なのである。
しかも女余りの県である。とにかく、若い女の子が多い。男の子が生まれない。
私の長男の富岡西は、昨年春の甲子園に創立102年ぶりで初出場したが、私の息子の頃はほぼ男女半数、ちょっと男子の方が多かったが、いまた女子の方が圧倒的に多いようである。男女比率が1対2くらいになってきたようだ。女子校か、昔の商業高並みである。
だから、女子新体操が全国レベルになってきた。
トゥーリオの「集まれ〜〜!」ではないが、徳島の高校に進学すれば、確かに全国に一番近く、しかも、女子高生が圧倒的に多い学校でスターになれるかもしれないわけだ。モテるぞ〜〜!
まあ、これは個々徳島に限った話ではない。これから地方でどこでも生じる問題である。男余りの関東には信じられない話だろう。
ところで、今回選手権に出場したチームで、徳島市立の女子マネが一番かわいい。
私もこれまで何度となく選手権の試合を見てきたが、試合の放映中に、女子マネの顔がズームアップし、何度もそれが出てきたのは今回の徳島市立が初めてだったのではなかろうか?
ちなみに、徳島県は全国一女性社長の多い県でもある。
徳島のサッカーに乾杯。
おそらく、決勝は青森山田と静岡学園の戦いになるだろう。青森山田も今回はちょっと苦戦しそうだな。静岡学園は相当に強い。もっとも徳島市立戦はほぼ2軍のBチームだったようだが。
弥栄!