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【業捨】元農水次官は息子にどうして業捨しなかった!?→俺「地球にもコリトリが必要だ!」

(ごう)

(ごう)とは、カルマ: कर्मन् karman[注釈 1])に由来し、行為、所作、意志によるの活動、意志による身心の生活を意味する語[2]仏教およびインドの多くの宗教の説では、またはの業を作ると、因果の道理によってそれ相応の楽またはの報い(果報)が生じるとされる[2][3]。業は果報と対になる語だが、業の果報そのものを業という場合もある[3]

業の思想はインド発祥の宗教(とりわけヒンドゥー教仏教ジャイナ教シーク教)と道教において、輪廻と強く結びつく概念である[4]。 これらの多くの説では、善意と善行は良いカルマと幸福な転生をもたらし、悪意と悪行は悪いカルマと悪い再生をもたらすとされる[5]







みなさん、こんにちは。

さて、昨日、元農水省事務次官の息子殺害事件の判決が出たようだ。



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その裁判官の判決の軽さは、

東大出=上級国民同士の忖度(そんたく)

以外の何物でもなかったようだ。


帰り際に事務次官の殺人者に向かって

「お体を大切に!」

と裁判長が声掛けしたという。


かつて藤本義一がよく言ってたことだが、東大出身者は、お互いに出会い頭に、一種の名刺交換のようなものだが、

「きみはなんき?」「あんたはなんき?」

と聞くらしい。

藤本義一は、「南紀白浜」の「南紀出身者?」と聞かれたと思って「自分は大阪の堺出身です」と答えたとか、そんな話があった。

実はこれ、

「君は東大何期生だ?」「東大の何期卒か?」

と聞いているらしい。


それで、先輩後輩関係を確認して、どっちが上かを決める訳だ。


この東大の伝統風習を知らないと、どうして裁判長がわざわざそんなご親切を口にしたのかと理解できないだろう。

実際、この殺人者


は東大法学部卒である。

一方のこの裁判長中山大行がどの大学出身者かは今のところわからない。

というのも、最近は民主党が作り上げた個人情報保護法案(=帰化人の出身をわかりにくくし、帰化人が日本人に成りすましやすくするための法律)のせいで、国民の税金で生活している公人や公的組織の職員の個人情報すら得難くなったからだ。


今のところ、これしか見つからなかった。




これからすると、この中山大行は早稲田出身なのかもしれない。


早稲田出身の裁判官が、東大法学部出身の殺人者に忖度したのかもしれない。



さて、経歴はともかくとして、この事件は未然に防げたのではないか?

これが私の見方である。


簡単に一言でいうと、この東大法学部出身者の父、熊澤英明には、息子への「愛」が足りなかった。たぶん、妻や娘への愛も足りなかった。

保江先生の言葉で言えば、「愛魂」が足りなかった。そういうことになるだろう。


もう保江先生は何十冊も続く本をお書きで、自己体験談の本を92歳の予言されて保証された寿命までこれからもずっと本を書き続けるだろうから、どの話がどの本に最初に出た話かわからなくなるほどの本があるから、個々のエピソードを探すのが実に大変なのだ。

しかしながら、たしかどれかの本に、かつて保江先生の長女だったか次女だったか、たしか次女じゃなかったかと思うが、その次女が高校生の頃、上の事件と同じように、学校嫌いになって引きこもり始め問題児になりかけたことがあったという話があったと思う。


その時、保江先生はグレ始めた次女に何をしたか?


というと、

なんと広島の片田舎に隠居生活していたあの聖人エスタニスラウ神父




の元へ娘を連れて行ったのだった。




これを見ると、やっぱり次女の方だった。そしてその話がでていたのは「愛の宇宙方程式」


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の本だった。

やはりネットは素晴らしい。こうやってすぐにブログ内部検索でどれか分かる。


要するに、グレて登校拒否になり非行に走り始めた次女をカソリックの聖人エスタニスラウ神父と面会させたのだ。


エスタニスラウ神父が何をしたか?


というと、

「私にできることはただ祈ることだけです」

ということだった。神父は保江先生の次女のために祈ってくれたのだ。


すると、その出来事の帰り道、突然その次女が、


「あたしも馬鹿するのはもうやめようかな〜〜」


と言ったのである。

それ以来、次女は学校に目覚め、勉強に目覚め、保江先生の母校の東北大学に合格。無事数学科で博士号取得し、日本のNASAであるJAXAの職員になった。いまはハワイで研究中(?)とか。例のブラックホールの姿を捉えたとかいうやつの計算をやっているのかもな。


さて、一般的に兄弟姉妹がある場合に、どの家庭にも金銭的時間的な制限があるから、どの子供に集中するかという面で限界がある。

だから、第一子長女で第二子長男の場合、長女長男の両方へ同じような教育を施すことができるかどうか?これは難しい問題である。よほどの経済の余裕がなければ、両方を東大へ入れるというような教育は難しい。

昔の日本なら、長男だけに一点集中方式である。家を継ぐ予定の長男坊だけに一番良い教育を施し、後のものへは大した教育をしなかった。

戦後は、逆になった。

長男に大学まで行かせると、その子は大都市で就職してしまうから地元に戻ってこない。だから、長男は地元の商業高校や農業高校で十分。次男から大学へ行ってどこへでも出ていけというような方針に方向転換したのである。

さもなければ、長男は家を継がなくなり、家業が途絶える。農業が途絶える。

実際に我が国の田舎の商業や農業はそうやって途絶えたのである。

かろうじて生き延びたのは、田舎の地元に旧帝国大学のある地方だけ、例えば、京都大学のある京都および近隣の滋賀、あるいは、東北大学のある宮城県近隣、北海道大学のある北海道、九州大学のある九州博多。

こういう地方は地元の大学へ長男を送り込めば、地元に残れた。

しかしそれ以外では、大学へ進学すること=家業が途絶えること、となったわけだ。我が家も例外ではなかった。


まあ、これがかつてのアメリカ、戦後の日本の名物になったわけだ。


これはしょうがないといえばしょうがない。現代を西洋で生み出したユダヤ人(偽ユダヤ人)というものそのものが、あまりこの世の現実を知らなかったからだ。

彼らは永らくゲットーという天国に住んでいた。ヨーロッパの大都市にあったユダヤ人部落のことだが、都市部で守られ、それなりの才能があれば、銀行家や芸術家や科学者や大学教授にもなれた。だから、差別されたわけではまったくなかった。

我が国の戦後で言えば、在日朝鮮人とそっくりの状況だ。ある意味でお客さんの特別階級。いたれりつくせりだった。

だから、欧州ユダヤ人は裕福で知的な家庭が非常に多かった。

職人でも鍛冶屋でもなければ、農業者でもなく、畜産者でもなく、商売も金融業以外はする必要はなかった。

彼らユダヤ人にとっては、実業や農業は「実入りのよくない」労働者階級の労働としてしか捉えなかったわけだ。

では、実入りの良い職業とはなにか?

というと、銀行家や大学教授や大企業経営者だということになった。

欧州が第一世界大戦になる前からすでにユダヤ人はかなり経済界を支配していた。大学も支配していた。

かつてはオーストリー・ハンガリー帝国の首都ウィーン・ブダペストがいまのアメリカのニューヨーク・マンハッタンのようだったわけだ。


実際、ウィーンやブダペストにいた東欧のユダや人がアメリカに移民し、いまのアメリカのユダヤ人会を作り出したわけだ。


彼らには、日本のような伝統や家業というものが存在しなかった。

古来温泉を営んできたとか、古来神社の宮司だとか、古来お寺の住職だったとか、そういうのは一部のラビ程度にすぎず、大半は何もない無産階級だから、行末は博士か大臣かというような感じだったわけだ。


つまり、ユダヤ人の文化には、家業という感覚が存在しないのだ。

だから、このアメリカに移民したユダヤ人が作ったハリウッドには、

「自分の夢を終え」「アメリカンドリームをつかめ」「ドリームズ・カム・トルー」

という精神しか存在しないわけだ。これが理想だと信じているわけだ。


だから、だれもが大学へ行って高等教育を受けることが人間の理想、人類の理想と錯覚したわけだ。


私は最近になって本当によくユダヤ人のアホさ加減が解るようになってきたのだ。

軽い。思考が実に軽薄なんだな。


数式処理や仮説を建てて何かをやるのは得意だし、そういうレベルのゲームでは、ユダヤ人のやり方にも一理あるが、やはりこの世界は長期戦術、長考が必要だ。

早熟な知的な子供の発想だけではうまく行かない。


むしろ、我が国の伝統のような、いまは理由はわからなくても、理由は解明できていないが、とにかく昔からの伝統や人の教えの中で残されてきたものを保存する、それに従う、こういうやり方の方が長い目で見ると理にかなっているわけだ。


欧州が近代化したことは、ほぼ欧州のユダヤ人がゲットーから外の世界に出て、彼らがこの世界を再理解、再構成しようとした歴史そのものにすぎない。

だから、彼らはそれまでの欧州のキリスト教的な伝統を簡単に否定した。また、彼らが欧州からアメリカ大陸に移民した時もそれまでのアメリカの古き良きピューリタンのプロテスタントの伝統を簡単に否定した。つまり、WASPの伝統を否定した。

その結果が今の世界である。

むしろ、いまの結果から見れば、欧州はカソリックで、英米はプロテスタントでいたほうが良かったのだ。


実際、WASPが悪辣非道だというイメージを作ったのはアメリカに白人の顔をして移民した白人になりすましたユダヤ人だった。彼らはインディアンを虐殺し、インディアンのおでこや性器を切剥がして取り出し、黒人奴隷を使役し散々レイプし、KKKなる白人至上主義者団体を作り出した。これが実際の歴史である。まあ、ユダヤ人が隠したがる歴史だ。


そうして、WASP=人種差別主義者という偏見を生み出し、アメリカをユダヤ人が乗っ取っていった。


いま我が国で起こっている現象はこれの日本版である。

在日朝鮮人が日本人を朝鮮半島や中国大陸で虐殺や強制労働をくり繰り返した戦犯で、キリスト教でもなく、いまだに神道や仏教を信じる悪辣な民族だというデマをプロパガンダしながら、日本列島を乗っ取りたいというわけだ。実質上はすでに乗っ取られた。


日本は世界の雛形だから、我が国で起こることは世界でも平行して起こっているようだ。逆に世界で起こったことが日本でも起こる。


日本の芸能界やマスコミでいま言っていることは、かつてアメリカの芸能界やマスコミで言っていたことに過ぎない。


やはりそういう間違ったことをして世界を乗っ取り、その世界の支配者になったとしても、それにはかなりの「業」がつく。

岡潔は西洋人は業が深いと言っていたが、まさにそのとおりで、西洋人の中でもユダヤ人はもっとも業が深い。

東洋人の中では、朝鮮人がもっとも業が深い。

こういう業を捨てることが「業捨」(ごうしゃ)、こりとりである。つまり、業を取り除くことである。


東大出身者は、戦後のアメリカGHQの大学改革のものとで生まれたアメリカ型の教育システムの長者である。

この日本へ来たGHQのアメリカ人はほぼ全員がユダヤ人だった。

だから、戦後の日本の教育システムは彼らユダヤ人が良いと当時考えたそのままのことが出ているわけだ。

業の深いユダヤ人が作り上げた業の深い教育システムである。東大生はこの業の深い教育システムの日本のチャンピオンである。




いまこれが問われているわけだ。全世界で。


つまり、アメリカの教育者といわれたユダヤ人のジョン・デューイの考えたアメリカ型の男女共学、義務教育、高校大学教育、共通選抜試験、。。。すべてが間違っていたわけだ。


しかし、現在はこれが世界の標準理論になってしまった。


ここに現代地球人の悲劇があるわけだ。


結局、熊澤事務次官もこの業から逃れることができなかった。エプスタインもそうだ。


いかにこの地球から業を捨てさせるか?


地球のための業捨、地球の業捨、地球のコリトリ。


これをいかに行うか?これが今後の地球の問題であり、見せかけの再生可能地球だとか、地球温暖化だとか、そういうものはユダヤ人の得意の浅知恵でしかない。俺はそう思う今日このごろである。



まあ、俺にはどうでもよろしいが。




喝!




弥栄!




地球のコリトリが大問題だと突然思いついた井口和基



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by kikidoblog3 | 2019-12-17 10:34 | 日本社会

井口和基の公式ブログ 3


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