のことである。この目的のための「方法序説」なのだ。ここでは、これを「
保江教程」と呼ぶことにする。
なかなか理論物理学は広しといえども、自分の観点で理論物理を一貫した論理でまとめ上げることができるという人はなかなかいないのではなかろうか?
ぜひ早熟な高校生、エリート高校生、進んだ大学生、すぐ論文を書きたい大学院生たちは、この教程をゼロから学んでほしい。
確率論的いや現代確率論的な理論物理学を学びたい人、あるいは、いまの数理物理の古典的スタイルや19世紀的スタイルや解析論的スタイルなどに飽き飽きしている人、こういう人たちには、この保江先生の本はうってつけである。
ちなみに、俺は全部一応読んだ。各節の問題を全然解いたというわけではないが、もし全部解ければ、すぐに保江先生の愛弟子になれるらしい。
そうなれば、岡潔、湯川秀樹、伊藤清、高林武彦、豊田利行らの直系の弟子である保江邦夫先生の愛弟子になれるというわけだ。
ところで、私は大学2年生になる春休みに、1日5時間睡眠で【スミルノフ数学教程】

を一人下宿にこもって学んだ。
当時、俺は、大学の研究室で使うようなでかいホワイトボードを買ってきて、4畳半の部屋に入れ、それに向かって計算しながら、スミルノフ教程を勉強したのである。
なぜなら椅子だと眠くなるから、とにかく立って勉強することを考えついたというわけだ。ちなみに、アインシュタインも立ち机で勉強したという。
2ヶ月の春休みの中で1〜6巻まで進んだ。
そして春の講義になったら、サッカーしかできなかった俺が、その学年のトップレベルの学生に早変わりしていたのだ。大学の講義の数学すべてやたらと簡単に見えるようになった。なんでもスラスラ計算できるようになっていた。ロシアの数学教育の恐ろしさだ。
おそらく、まずこのスミルノフを先に学ぶか、しかしこれはかなり普通の古典的解析論に基づくから、保江先生の確率論的、集合論的数学とはうまくマッチしないという可能性もあるから、こっちを先にすべきかどうかは迷うところだが、とにかく、大学レベルでスミルノフ教程と保江教程の両方をものにできれば、もう即座に科学分野のどの分野へ行ってもまったく数学には不自由することはないだろう。
まあ、数学の数理幾何学とか、現代数学の分野は例外としてだが。
さて、上の保江教程を基礎知識として、量子力学だけに絞って書かれたものが、以下の本である。
これが、「ネルソン・保江の確率量子化理論」というものの世界初のまとまった教科書である。
上の教程は、これをもっと現代確率論的に、ヒルベルト空間論、ルベーグ積分、演算子法、変分法などをやり直した上で、最終的に「ネルソン・保江方程式」まで進む目的のものである。
ところで、
なぜ私がここにわざわざまたこういった保江邦夫先生の教科書をメモしたか?
というと、最初にメモしたように、これらが保江先生が精魂込められて、命を削って作ったものであるからだ。
そういうこともあるが、それ以上に
これらをぜひ英語に翻訳して英語の本として全世界へ伝達してほしい
からである。
ぜひ出版社の編集者たちは、これをやり遂げてほしいと思うわけだ。
一般に、英語の読者は日本語の読者の10倍強と言われる。5大陸あり、各大陸のインテリ人口は日本のインテリ人口のほぼ2倍強ある。
しかし、世界人口が70億として、大学へ行くのが10%として7億。そのうち物理学を学ぶ人は1千万人程度。最大1000万部の売上が見込める。日本では採算ラインの2000部程度にすぎない。
少なくとも、英語にすれば、何万部かが売れるだろう。
これほど英語で出版するか日本語で出版するかで普及率が異なるのだ。
残念ながら、これが現実である。
というわけで、ぜひ保江先生の教科書を全部英語に直してほしいわけだ。
そこで、もし日本の若者たち、つまり、日本語で保江先生の教科書が理解できる若者たちがいるとすれば、これらの本はまだ日本でしか出版されていないわけだから、英語で出版されるようになる前まで、かなりのタイムラグができる。永久に英語化されなければ、一生有利なポジションにいる。
確率量子化の本当の意味は我々日本人しか理解できていないことになるからだ。あるいは、プリンストンにいるネルソンの愛弟子のユダヤ人ソサエティーだけだということになる。
だから、いまの日本人の若手は論文を書く場合に非常に有利な立場にあるわけだ。take initiativeテイクイニシアティヴの最前線にいるわけだ。
確率量子化の手法を物理学、生物物理学、脳生理学、工学、応用物理学、非平衡統計力学、。。。なんでも応用可能なわけだ。
つまり、論文を確実にたくさん生産できる可能性が高い。
そして、自分の教科書を書く。
ところで、これも以前メモしたのだが、
プリゴジンの考えてきたこと
という本の中で、欧米の学者は
「若くして本を書く。これはどうしてなのか?」
「私の周りのベルギーの若手もかなり若くして20代後半や30代前半で教科書を書いた」
というような疑問を著者の北原和夫博士が述べておられた。
どうやら北原博士は欧米人の不文律、欧米の鉄則を知らなかったようだ。
実は欧米のアカデミズムにはある伝統があるのだ。
大学院で博士号を取得→ポスドクで研究論文を量産→その研究を本にまとめる→准教授あるいは教授
つまり、ポスドク時代に行った研究をもとに1冊教科書を書く。
これが、准教授や教授への条件、テストとみなされるのである。
だから、みなさん必死で本を書く。
だいたい自分の専門分野で教科書を書けるのが40台である。だから、40台で准教授(assistant professor)になる。
その点我が国はルーズだし、そういう伝統がない。だから、かなり年齢が高くなるまで教科書を書く必要がない。
だから、新しい本が増えない。
保江先生も保江教程を50歳になる直前の49歳頃にお書きになったようだ。一応スイスの伝統に従ったと言えるだろう。
欧州では、何もしなくても博士号だけ、あるいは博士号がなくても教授になれるのは、貴族の血筋だけ。そうでなければ、必死で本を書く。これが欧州の伝統である。
アメリカはちょっと違うが、まあ、ほとんど欧州に準じている。大学教授になりたければ、自分の分野の新しい教科書を書く。
アメリカの伝統は、どうやらこれだという。
「新〜、新〜〜、新〜〜〜」
新理論、新説、新事実、新発見、新テクノロジー、新知識、新物質、新製品、。。。
なんでも「新しい」ことが売りだと。
だから、欧州の人は地道に昔からの歴史と合わせて自分の時代の理論を作り出すが、アメリカはそれまでの権威を否定し、とにかく自分の新説、新理論が新しいんだということを主張して一世風靡しようと画策するわけだ。
もっとも、アメリカ時代は「新大陸アメリカ」と「新〜〜」で始まった国だから、アメリカの伝統と言えば伝統である。
というわけで、欧州ロスチャイルドは古さや伝統や格式を売りにするが、北米ロックフェラーは新しさを売りにする。
さて、私も保江教程も学び、保江量子力学も学び、保江先生の論文集
It Appears!
(ぜひ自費出版のこの論文集も世界バージョンを作ってもらいたい!スプリンガーフェーラークがやれ!)
も全部読み、
「神の物理学」

も学んだから、そろそろ保江先生の流儀の論文、あるいは、保江先生の哲学やフィロソフィーで見直した論文を書いてもいいかな、という気がする今日このごろである。
弥栄!
そろそろ確率変分学や確率論ベースの論文を書こうかなと暗中模索中の井口和基