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【真の歴史】旧日本軍にも「最終兵器」が存在した!戦後の米ジェット・エンジン技術は旧日本軍のパクリだった!?

ザ・コクピット 音速雷撃隊 MAD 「或る夏の一日」 悲しいときはいつも

【神風特攻隊】特攻―空母バンカーヒルと二人の神風(ケネディ著)より




みなさん、こんにちは。

さて、昨夜は真珠湾攻撃の日のことをメモしたが、今日はそのついでに、太平洋戦争の記憶を戦勝国となったアメリカはきちんと分析しているということをメモしておこう。

結論から言うと、このアメリカの最近までの旧日本軍の兵器の研究と、旧日本軍最後の海軍将校の一人だったドクター中松の終戦前後の日本軍の兵力分析とが、ほぼ一致しているということである。

まず、ドクター中松は、広島長崎の原爆で日本の大本営が自己責任を天皇陛下に委ねた結果、天皇陛下の側近が怖気づいて、日本軍の本土決戦へ向けた本当の強さを知らず、早々に無条件降伏を行ってしまったのだということを当時の生き残りとして初めて主張したのであった。これである。





このドクター中松の「日本は敗戦したわけではない。停戦したのだ」という主張は100%正しかったが、停戦し、その結果として終戦したにもかかわらず、大本営が重光葵により戦艦ミズーリ上で「大本営の無条件降伏」に調印してしまった。

その結果、日本全国に本土決戦を備えて秘密裏に準備されていた、我が国の超兵器の数々が、米軍により探索され、日本国民の知らないうちにどんどん破壊され、隠蔽される、という結果になった。

日本はB29の民間施設のある都市部への絨毯爆撃でほとんどの都市が焼け野原になったが、






実際には日本陸海空の本土決戦用の軍事兵器はまだ無傷で残っていた。

それが、進駐軍により、一部は米国へ持って行かれて研究対象にされ、日本国内に残されたものは完全に破壊されたのだった。


ところが、破壊した方の連合国のアメリカは、何をどのように破壊したかをつぶさに記録に残していたというわけだ。むろん、そういう情報はごく最近までアメリカ内でも公開されていなかった。なぜなら、アメリカには機密情報は50年は非公開、公開は50年後という法律がある。

しかし、極秘情報も時期が来れば自ずと公開され、アメリカの研究者が目にすることになる。

すると、アメリカのヒストリーチャンネルがそういう歴史的軍事遺産を検証する番組を作る。そして歴史好き、戦争好き、兵器好きのマニアがそういうものを見て学ぶ。

そういうものが実は、ドクター中松の主張を保証してくれたのだった。そんなものがこれだ。


日本の極秘軍用機 SECRET JAPANESE AIRCRAFT OF WW II part1

日本の極秘軍用機 SECRET JAPANESE AIRCRAFT OF WW II part2

日本の極秘軍用機 SECRET JAPANESE AIRCRAFT OF WW II part3

日本の極秘軍用機 SECRET JAPANESE AIRCRAFT OF WW II part4

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これらを見てまず分かるのは、一般には、戦後の米ソのミサイル開発やロケット開発やジェット機開発は、旧ナチスドイツのV2ロケットやジェット機の技術から生まれたと信じ込まされたが、実はそうではなかったということだ。

戦時中に日本軍は、ナチスから最終兵器のジェット機技術やロケット技術そしてこれまたあまり知られていないが、ナチスの空飛ぶ円盤技術もUボートにより日本に伝わっていたのである。

そのうちのジェットエンジンやロケットエンジンおよびそれらの制御技術も我が国に伝わったばかりか、ナチスの技術以上に独自の発展を行っていたという事実があった。

我が国の国内事情に合わせ、ゼロ戦同様に、ジェットエンジンやロケットエンジンにも「軽量化」などの高品質の数々の改良や発明が行われていたのである。むろん、戦後の教育を受けた我々日本人の誰もこういうことは知らなかった。知らされなかった。

こういった技術はナチスの科学技術ばかりか、日本軍の科学技術も旧ソ連には秘密にされたまま米国に伝わったのである。

つまり、戦後のアメリカのボーイングのジェットエンジンなどには、日本のジェットエンジンの技術も取り入れられていたのである。


まだアメリカにゼロ戦や紫電改の技術が知られていなかった時、日本軍が優勢だった。ところが、樺太に無傷で遭難したゼロ戦が米軍に拿捕されて米本土に持ち帰られて分析され、リバースエンジニアリングでアメリカ軍が開発した戦闘機が、ヘルキャット。日本名でいうグラマンであった。





ゼロ戦の軽量化エンジンを米戦闘機が積んだわけだから、それはゼロ戦がゼロ戦と戦うことになり、日本軍は劣勢を強いられる結果になったわけだ。


さて、これまたまったく知られていなかった事実があった。

それは、日本の軍事技術航空機技術を研究解析する部隊がアメリカではなく、オーストラリアにあったという事実である。

第2次世界大戦中にできたこの豪州の軍事技術解析研究所が、後に豪州の諜報活動の本拠地、スパイ組織へと大発展して行ったという事実である。

そして、おそらくこれが後の「エリア52」へと発展していったと考えられる。これが、空飛ぶ円盤の地球製の技術開発部である。


なぜ、米軍および連合軍の一部の豪州で、空飛ぶ円盤の研究を行う必要があったか?

というと、我が国では、最終兵器としてジェット・エンジン、ロケットエンジンの「桜花」の生産が行なわれたように、






ヒトラーのナチスの最終兵器が空飛ぶ円盤だったからだ。「ハウニブ」技術である。


UFOなど存在しない ナチスドイツが造った

NAZI UFO 1935-1945. The Real "Nazi Saucer?"



いずれにせよ、日本軍は最後には本土決戦に持ち込むべく、最終兵器の完成を実現するべく、本土決戦の日程を出来る限り遅らせるように、神風特攻隊で戦った。


Kamikaze Attack - Battle of Okinawa






そろそろ、我々日本人は、戦後のGHQによる自虐史観計画から離れて、本当の歴史を描き出さなければならない。


ますますそう思う今日このごろである。




弥栄!








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by kikidoblog3 | 2019-12-09 09:43 | 真の歴史

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