Generation Gap by MUCC
みなさん、こんにちは。
さて、今日は久しぶりの快晴で始まる日なので、これから買い物に行く予定だが、6時半に奥さんを送り出してから8時台までいつものように平日の朝のラジオを聞いていた。当然、最後が武田鉄矢の今朝の三枚おろしである。それを聞き終えるともうラジオを止める。
今日の武田鉄矢の今朝の三枚おろしは特別興味深かった。最後になって、最近武田鉄矢が「死後の世界を信じるようになった」という話があったからだ。
武田「俺最近さ〜、やっぱり死後の世界はあると思うようになったのさ」
「カナ、どう思う?あの世はあると思う?」
カナ「私は死後の世界、あの世は絶対あると思いますよ」
とまあ、こんなふうの話が出た。そして、
武田「カナ、パラレルワールドって知ってる?マルチバースって聞いたことある?」
カナ「なんですか、それ?」
鉄矢「最近さ〜、物理学者がね。この宇宙はマルチバースだっていっているらしいんだよ。」
「これを一ヶ月かけてね。5冊の本を読んだんだ。だから、来週は頑張るぞ。来週はこうご期待。」
というわけで、来週の武田鉄矢の今朝の三枚おろしは、我々理論物理学者の世界のマルチバースやパラレルワールド、そしてそれと死後の世界との絡みを論じるらしい。鉄矢流に。
さて、そういう物理学の世界だが、私も還暦を過ぎ、それでも大学院生時代の10倍の速さで論文や本を読めるようになった今、だからこそ、とてつもない量の本を読み漁っているというわけだ。読書の井口和基である。
そうやって、19世紀後半から始まった現代物理学や現代数学の起こりから、いま現在までのそういう分野の本を紐解いていくと、学生の頃にはまったく気づかなかった問題や知らなかった話が、たまに見事に結びついて、そこで「ガテン」がいき、「妙に腑に落ちる」ということが起こるのだ。
そういうことは、我々が大学生や大学院生やポスドクや助手や准教授や教授では決して起こらない現象だと信じる。なぜなら、彼らは自分の置かれた現場に咲いている花にすぎないからだ。特に、いままさに学位を取ろうとしているような学生さんたちにはどうでも良いことに過ぎないと見えるからだ。
私のように、就職も、学位も、地位名誉も、専門分野もあらゆることから完全フリーになれる人間で、しかもにもかかわらず純粋にそれぞれの個別の問題に対してのみ執拗に追い回すような人間しかそういう問題に気づくことがないからだ。
そして、そういう問題があるがために、あったがために、この地球の科学があまり健全に発達できなかったということなのだ。
今日は、お出かけ前にいくつかそんな問題をメモしておこう。
(あ)ユダヤの鉄則「権威を信じるな」が生んだ問題
アインシュタインの時代、まだ無名のアインシュタインが言った。
「権威を信じてはいけません」
アインシュタインが3つのノーベル賞級の論文を1905年に発表して以来、これは物理学世界、科学世界の鉄則になった。
アインシュタインは、自分の相対性理論を公表する時、そして認知され始めた時、若者たちにそういったわけだ。古典力学におけるニュートン力学は間違っているのだから、ニュートン力学の権威を信じてはならないとアインシュタインは言った。
ところが、アインシュタインがニュートン理論を書き換えた後、相対性理論、一般相対性理論の創始者として、彼自身が世界の権威になった。
すると、アインシュタインは、今度はその権威の象徴として量子論の若者たちから、「権威を信じるなとは、あなたが言ったことだ」と言われるようになった。逆に、相対性理論も含めて古典力学だとみなされたのである。そして、
「アインシュタインは量子論が理解できない」
と耄碌(もうろく)したかのように言われたのだ。
この新世代が「権威を信じるな」のもとに旧世代を攻撃する習慣はいま現代まで連綿と続いている。
私が見出したのは、実はこの風習は非常に科学の発展を阻害する/阻害したということなのだ。
例えて言うと、中国がなぜ発展しなかったか?これだ。
周知のように、中国は国王が変われば国が変わり、その都度、前の国の権威と権力を皆殺しにし、前の時代の書物を焼き払い、前の時代の宗教も破壊したからである。新国王は前国王の否定から始まる。
永らくそうした中国に支配された韓国はいまだにそれが続くわけだ。新大統領は前大統領の否定から始まる。実は韓国人は終戦時に同じことをした。戦後韓国は戦前の統治国だった日本を否定することから始めたからだ。
上の科学におけるアインシュタインの言った「科学の権威を信じるな」は、この地球の政治世界のやり方とそっくりなのである。
その結果、歴史が断絶するのである。
国家であれば、国王ごとに、あるいは、大統領ごとにその国の歴史が分断されるのである。
我が国では、第二次世界大戦がその役割を担った。連合軍司令官のGHQのダグラス・マッカーサーが戦後の天皇になったからだ。だから、米国および連合国は我が国のすべてを否定することから始めた。その一つが「自虐史観プログラム」である。
そしてどうなったか?これは皆さんの知るとおりだ。日本社会は戦前と戦後で180度変わったのである。
実は、我々の物理学の世界、科学の世界でも、「権威を信じるな」の美辞銘文のもとに、科学の歴史の分断や断絶がやたらめったら起こっているのである。
戦前と戦後の日本人同士で全く話が合わなかったように、ある発見の前後で科学者の話もまったく合わなくなるわけだ。その発見の世代がその発見の前の世代を全否定するからだ。これが実は非常に情けない状況を生むのである。
(い)因果応報の罠にハマる
この「権威を信じるな」を信奉する若い科学者が、己の行った新発見を世に売り出そうとするならどうすればいいか?
徹底的に前の権威を否定する論文を書く。前の大博士の書いた著作をけちょんけちょんにけなす。もうその権威がお亡くなりなら、「死人に口なし」、徹底的に誹謗中傷めいた否定する論文や本を書けばいい。
実は、科学の新刊書の大半はこういう目的で書かれている。
が、先に書いたように、学生さんや大学院生さんたちは過去の歴史もいまの話も勉強中でそれほど知識がない。だからすぐに騙されるわけだ。言い方を変えれば、洗脳されるのだ。
最近おもしろいなと思ったのは、ネットワーク理論やリズム理論で有名になったストロガッツという数学者がいるが、この本の著者だが、
その彼がリズム理論の本当の創始者だったノーバート・ウィーナーをコケおろしていたことだ。
この人物は、ウィーナーの先駆的なリズム現象の基礎論をあまり高く評価してほしくない。なぜなら、そういう理論の創始者は自分だと吹聴したかったからだ。
早熟の天才prodigyノーバート・ウィーナー
は1964年に60歳台で死んだ。ノーベル賞ももらえるその年にノーベル賞の本拠地のストックホルムで心不全で死んだのである。死人に口なしである。
ストロガッツはそれとなく「同期現象研究、第一の中心人物」という節で、こう書いた。
「ノーバート・ウィーナーもかつては、天下に名だたる大科学者ではなかった。
ところが、1950年代に入り、著者の『サイバネティックス』が出版されると、その内容は、多くの読者に鮮烈な衝撃を与えることになる。
<<ニューヨーク・タイムズ>>紙の評者は同書を、「新時代を画する書物。。。(中略)ガリレオを始め、マルサス、ルソー、ミルの著作にも匹敵するほどの名著」と絶賛した。ウィーナーが提案したのは、神経系/社会、動物/機械、コンピュータ/ヒトにおけるコミュニケーションと制御にまつわる諸問題を考えるための「統合的な枠組」だった。
しかし、それは完成した理論というよりは「夢」といった方がいいもので、結局は「世に問うのが早すぎた」という評価に落ち着いた。」
まあ、一見あながち間違っているようには見えないが、大きな見落としがある。それが最初の
「天下に名だたる大学者ではなかった」
という部分である。つまり、ウィーナーは時代を間違えたサイバネティックスの著者に過ぎなかったというわけだ。
このストロガッツが間違っているのは、ウィーナーは14歳でハーバード大に入って18歳で博士になった超早熟の大天才だったということだ。
20歳にしてすでにいま言う「ウィーナー過程」を創始して、現代的な「フーリエスペクトル解析」を構築したのだった。しかも30歳台ですでに光コンピュータや電子計算機の概念を流布し、ベル研のシャノンはMITのウィーナーの元へ出向いてウィーナーに指導を仰いだ。が、手のひらを返し、事ある度にウィーナーの仕事を自分のモノにしたのだった。
いまでこそストロガッツのいるアメリカが科学大国の世界ナンバーワンになっているが、戦前は欧州が世界ナンバーワンだった。そんな時代にあったにもかかわらず、MITのウィーナーは欧州で世界ナンバーワンの現代数学者とみなされたのだ。
フラクタルの創始者のベノワ・マンデルブローは、「自分はウィーナーの指導を受けたかった」と思い、叔父の数学者S.マンデルブローについてわざわざウィーナーに会いに行ったほどだ。
つまり、ノーバート・ウィーナーは世界の若い数学者のアイドルだった。
遅れていたアメリカにはその頃の記録がまったくない。だから、知られていないのである。その結果、ストロガッツのようなユダヤ人が出る。ウィーナーも100%ユダヤ系である。
私が何をいいたいかというと、ウィーナーが自分の出身国であるアメリカの未来の科学の後継者からもそういうふうに見られてしまう。こういう問題がこの地球の科学には存在するのだということだ。
我が国では、杉田元宜博士がそういう対象である。ウィーナーと非常ににた人生を歩んだと言えるだろう。
では、どうして戦前の科学世界当時の世界ナンバーワンだった数学者が、今の世にその当時ほどには知られなくなったのか?
実は、いま物理の世界でいう「量子論」の原型はこのノーバート・ウィーナーが作ったのだが、当時の新しい現代数学の権威であったウィーナーは新興国アメリカ、しかもその後アメリカとドイツが戦争を始める緊張した関係の中の早熟の天才だった。
むろん、ドイツにも早熟の天才だったハイゼンベルクとパウリがいた。この2人の指導教官が、歌手のオリビア・ニュートン・ジョンの祖父でもあるマックス・ボルンであった。イギリスにはディラックがいた。彼らのメンターは前期量子論のニールス・ボーアがいた。
こういう状況で、世界で初めて、連続スペクトルをもつ粒子の軌道は、フーリエスペクトル分解しないと理解できないという理論を彼らの前の講義で紹介したわけだ。そして、周波数と軌道との間には一種の不確定性があるという理論を論じたのだ。
マックス・ボルンが招いたウィーナーのこの数学講演を聞いたその初夏、花粉症で避暑に行ったハイゼンベルグは、行列力学を発見したのである。さらに、不確定性原理を発見した(ことになった)。
それ以後は周知の事実だが、周知でないのは、後に米国と戦争することになる彼らドイツの物理学者、あるいは、アメリカの科学などどうでもいいレベルと思っていた当時の欧州の学者たちから、ウィーナーはことごとく無視される結果になったということだ。
ボーア、ハイゼンベルク、ボルン、シュレ―ディンガー、ディラック、。。。
だれもウィーナーの前期量子論時代に果たした役割を書き残さなかった。だから、ウィーナーは量子力学の教科書には出てこない。
ボルンに至っては、事ある度に、つまり、ハイゼンベルクの量子力学の発見前と後、アイデアに困ったときは頻繁にウィーナーの指導を仰いだのである。発見前はウィーナーのランダム理論とフーリエ解析、発見後は物理量の演算子表現。物理量の演算子表現については、ボルンはウィーナーと共著の論文を1926年に出版しているのだ。
にもかかわらず、その後は歴史を書き換えた。
つまり、無名の自分たちが有名になるには、当時の権威だったノーバート・ウィーナーを否定すればいいからだ。戦争相手のアメリカ人数学者にノーベル賞はやりたくない。チャンス到来、自分や自分の弟子たちのものだ。きっとボルンはそう考えたに違いない。
目先の損得にとらわれ、将来の大損をこく。
どうやら我々科学者にはこの傾向があるのだ。
もしウィーナーの業績をもっと真面目に取り上げていたら、おそらく、我々の科学は数十年先を行っていただろう。もし杉田元宜の研究を真面目に取り上げていれば、複雑系は70年前に開始されただろう。
実に残念なことだが、地球人には「(自分が権威になるには)いまの権威を信じるな」という悪しき伝統がユダヤ人アインシュタインの言葉によって生まれたのだ。
もしアインシュタインが日本人だったら、世界は随分違ったものになっただろう。
これがこのメモで私が残したい言葉である。