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【モンゴル相撲】番長気取りの白鵬関→リンチ、ラリアート、パンチ、チョーク、目潰し、何でもありのモンゴル人相撲





みなさん、こんにちは。

思い出しついでにこれもメモしておこう。

我々が子供の頃、たぶん中学生時代頃まで確かに我が国には番長がいた。

番長

この懐かしい響きのする単語を今の若者は知らないだろう。

あるいは、我々よりもっと昔の戦前の小中学校には

級長

というものがあった。

これは今で言えば、学級委員と番長を併せ持ったようなものだったという。

級長は成績優秀で、かつ、腕っぷしも強い、そういう人が先生から選ばれた。

戦後は学級(クラス)の生徒たちが代表として委員を選ぶ方式が民主的とされた。だから、学級委員とかクラス委員という形になった。

実は、都道府県知事も義務教育の学級委員の選び方と同じなのである。

戦前は、中央の日本政府が都道府県知事を任命した。

それが終戦後は民主主義の名のもとに県民が選挙で選ぶ方式に変わったのである。

いわゆる衆愚政治だが、それが民主主義に取って代わったわけだ。

ちなみに、共産主義国では、民主主義の名のもとに、我が国の戦前の方式が模倣されている。中央政府が地方知事を任命するのである。ソ連もチャイナも北朝鮮もそうだ。

一長一短。どっちもどっち。

選挙政治は民衆が愚劣化すれば失敗し、任命政治は任命する中央政府が愚劣化すればそれでおしまい。

ともに選ぶ方がだめになったら終わる。

だから、グローバルシオニスト集団は、中央政府は金と女と名誉で愚劣化し、民衆は3S=ポルノ、スクリーン、スポーツで愚劣化させる。

実に簡単な安易な手法である。が、大衆はこれに引っかかる。

あのC. N. Yang博士もこれに引っかかった。自分の孫娘のような年齢の中国人美女と再婚し、いまは中国籍の中国人になっている。

まあ、これは男の理想像、男の夢だから、しょうがないといえばしょうがない。

私と例外ではない。自分の好みのセクシーな若い美女に付きまとわれたら卓球の水谷のように見事に美人局にハマるだろう。

保江邦夫先生も似たようなものだ。いつも美人秘書がついている。


さてだいぶ話がそれたが、番長というのは、勉強ができるとかどうかとは無関係。とにかく喧嘩が強く。そのクラスで一番喧嘩に強いやつがなった。そいつが不良かどうかも無関係。腕っぷしだけだ。

昔は学校やクラス全員の暗黙の了解の下で、そういう番長がそのクラス、その学校を取り仕切った。というより、取り仕切らせた。

各学校にも番長とその手下のグループがいた。

そして学校同士で番長グループの喧嘩でその地域の最も腕っぷしの強い学校を決めた。

それが戦前のバンカラである。



これにはバンカラはハイカラのアンチテーゼとあるが、私個人の認識では、そういうものではなく、番長カラー(襟)から来たと信じる。番長はドラキュラ伯爵のようにマントの襟を立てていた。

そしてバンカラな喧嘩の強い、腕っぷしの強い奴らが番長になった。


肩で風切って歩く

というのはそういう時代の名残である。

ところで、決して誤解してはいけないのは、こういう番長は不良ではない。戦前ではむしろ東大生とか超エリートだった。あるいは、小中高で将来は東大へ行って官僚になり、欧米とごして戦うやつになる。

いまで一番近い連中は、おそらくラグビー日本代表のような奴らである。

だから、クラスで子供が誰かにいじめられていると、すぐにそのクラスの番長が出ていって治めるのだ。

他の学校の不良に自校の生徒が恐喝されていたら、やった奴らを番長が呼び出して、報復する。そして二度と手出しさせない。

とまあ、こういう仕事を学校から暗黙裡の約束として認められたわけだ。そういう連中である。


この番長の手口というかやり方というのは、悪くなりそうなやつがいると、先手を売って挨拶参りし、調子づくなよと警告する。

そういうふうなものだったと思う。

それが戦後徐々にいわゆる「不良グループ」へと堕落していったわけだ。

あるいは「いじめグループ」へと堕落した。


それは、朝鮮人が紛れ込んだからだった。これは有名な事実である。

日本の文化伝統を知らない在日朝鮮人が日本の学校に年齢をごまかして入ってくると、自分より実際は年の若い同級生を脅す。そうして日本の番長のマネごとをして、行く先は暴走族。半グレ。ヤクザと変貌したわけだ。

これを描いたのが、在日の松田優作の出演の「ブラック・レイン」である。


だから、いまの不良グループの手口は昔の番長グループとは全く違うのだ。

とにかく質より量。徒党を組むのである。

昔は学校同士の対決はその頭同士、番長同士の一対一の対決だった。まさに戦国時代と同じだ。

しかし戦後は下っ端から戦わさせられる。まさにマッカーサーの米軍や朝鮮軍と同じだ。

下っ端が全滅しそうになれば、番長は逃げる。

I shall return!アイシャルリターン(覚えてろ)と捨てゼリフする。



さて、だいぶ前置きが長くなってしまったが、いまの大相撲を見ていると、



その主流がモンゴル力士会であり、その頂点にモンゴル横綱白鵬がいる。右手に日馬富士(引退したがモンゴル力士会内ではそのまま)。左手に鶴竜がいる。ピラミッドの頂点が白鵬だ。

その白鵬が「今の番長」なのである。「昔の番長」ではない。

むろん、これは感覚的にそうだと言っているわけだ。

白鵬の感覚は朝鮮人の在日半グレ暴走族の頭だった宇梶と全く同じ感覚であろう。


目立つ不遜な成長株が出てくると、宇梶は稽古しようといって楽屋に引き込んで焼きを入れる。

白鵬もそうだ。

目立つ若手力士が出てくると「強くなりたくないか」と言って部屋に出向いてその部屋のみんなの前で公開処刑する。

右張り手ビンタでKO。右かち上げラリアートでKO。挙句の果ては、土俵際まで押し込んで強烈に土俵に叩きつけて膝に怪我を負わせる。

つまり、一種のリンチを行う。

この白鵬のリンチで、日本人の有望株の力士が軒並みびくびくし、成長が止まった。それに日馬富士と鶴竜も加わった。

稀勢の里、高安、嘉風、。。。、正代、御嶽海、朝乃山

モンゴル人とて例外ではない。

逸ノ城、照ノ富士、。。。


正代、御嶽海、朝乃山

こういった力士は出稽古や白鵬の出稽古の相手で白鵬の強烈な張り手で失神した力士である。

これで、白鵬は相手に一種の催眠術をかける。つまり、「白鵬は強い」「白鵬は苦手」そういう苦手意識を植え付けるのだ。


そうすると、実際の土俵上の立ち会いで白鵬が右手を動かした瞬間に相手は身構える。つまり、目を閉じ歯を食いしばり固まる。だからすぐに回しをゲットできる。あるいは、右手の張り手パンチで気を失う。


これが白鵬のモンゴルレスリングである。

まあ、ハングリーといえばそれまでだが、同じ1円でも日本人とモンゴル人では価値が違うわけだ。

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一回の土俵の懸賞金でモンゴルに家が建つのだ。ビルが建つ。

手段は選ばず。とにかく賞金を得る。できるだけ長く土俵に居座る。


というわけで、琴櫻が描いた大相撲の未来は、彼が描いた未来とは大きく異なるものになったわけだ。琴櫻が力士に外人を入れることを始めたからだ。

相撲の国際化。これもまたグローバリストのアジェンダの1つである。


だから、相撲の神様の眠る富岡八幡宮で宮司の殺人事件が起きたわけだ。


というようなわけで、戦前の昔の番長、戦後の番長を知っていたら、今の白鵬のやっていることの意味が手にとるようにわかるというわけだ。



白鵬がなぜ肩で風きって歩くのか?

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番長気取りなんだよな。


だから、白鵬問題は単に白鵬の問題ではないのだ。いずれにせよ、白鵬はできるだけ早く引退させるべきだと思う。

しかしながら、横綱審議会の意見がどうであれ、モンゴル人力士会に乗っ取られた相撲協会が白鵬に意見できる立場にはないというわけだ。

かつて朝青龍が証明したように、彼らは力士のときの成績が自分より上かどうかだけで判断するからだ。朝青龍は文句言った舞の海に「お前は俺に意見を言える立場か」といったわけだ。

だから当然白鵬はいまの親方連中、相撲協会の誰に対しても歴史上No.1の俺に意見できる立場にないと思っているわけだ。ましてや相撲の素人の集まりにすぎない横綱審議会などどうでもいいと思っているわけだ。

これが半島系の極東アジア人の考え方である。





弥栄!





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by kikidoblog3 | 2019-11-26 11:09 | モンゴル力士会・黒魔術

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