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【訃報】生物化学の巨星、Gilbert N. Ling博士逝く。享年99歳。「細胞内の水」の不思議な性質を生涯追求した男


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http://www.takamatsu-municipal-hospital.jp/archives/1564




みなさん、こんにちは。

さて、一昨日に知人からとある科学者の訃報が届いた。アメリカの中国系化学者のGilbert N. Ling博士


の訃報である。おそらく我が国ではまったく知られていない名前だろう。そんなわけで、私が知る範囲で、これまた忘れないうちに、追悼記事として彼のことをメモしておこう。

まあ、結論からいうと、リン博士がいなかったら、この世に医療診断器具のMRI(Magnetic Resonance Imaging)は存在しなかっただろうということである。


(あ)Gilbert N. Ling博士は水の研究者だった。

おそらく、(私を除く)物理学者のほぼ100%は、普通の「水」と試験管の中の蒸留「水」と生体内の「水」にはまったく違いがないと信じていると思う。つまり、液体である「水」というと、H2Oの分子の単なる集合体でしかないと考えているだろう。

だから、ホメオパシーやその他の水の商売をしている人たちをみると、眉唾、トンデモ、偽商法と言うレッテル貼りに忙しい。

しかしながら、それはおかしなことであり、炭素も結合の仕方により、グラファイト(蜂の巣格子)、フラーレン(サッカーボール構造)、ナノチューブ(カゴ構造)、などの様々な構造を取るように、水もその環境や状況に応じてさまざまの構造をとり得るのである。そのバラエティーは炭素の比ではない。

だから、水は単に気体、液体、固体の三相になるどころか、非常に複雑な相をとるのである。特に、液体の方が固体の氷より密度が高い。だから、氷は水に浮くのである。



特に、生体内の細胞内では、水、金属イオン、ATP、高分子、タンパク質、酵素、RNA、DNAなどなどの分子が山手線の満員電車のようにギッシリ詰まっている。

こんな中で水が純粋の水と同じような構造を取り、同じように働くなどということはありえないはずである。

この問題に世界最初に気づき、人生を通じてこれに捧げたのが、このGilbert N. Ling博士だった。

そこで、Lingは若い頃から、ありとあらゆる手段の実験を通じて、生体内の水は試験管の中の水と全く違う水なのだということを証明しようとしたのである。もちろんLingは実験家だった。



(い)Gilbert N. Ling博士はChen Ning Yang博士の親友だった。

C. N. Yang博士

というと、今度は科学者なら誰もが知る名前だろう。特に物理学者ならそうだ。対称性の破れでノーベル物理学賞を受賞。素粒子論から、統計熱力学、さらに物性論に至るまで幅広く記念碑的研究を行った天才理論物理学者である。

今年の早春に米数理科学のノーベル賞と呼ばれるハイネマン賞を授与された、私のユタ大時代の師匠だったBill Sutherland博士はYangの最良の弟子、たぶん唯一の大学院生である。

このC. N. YangとGilbert N. Ling博士はまだ若い頃おそらくお互いが中国出身で中国語で話ができ、お互いに新天地のアメリカで頑張り始めたこともあろう。かなり親しい盟友だった。

一度だけいっしょに論文を書いたことがある。生物の細胞内の高分子における化学変化は、協力現象だという論文で、Yangのお得意の1次元Isingモデルを応用したものである。これは、「Yang-Lingの協力吸着理論」と呼ばれる。

このYangと数学者のS. S. Chernは義理の父だったか何かかなり親しい関係があった。だから、この時代のアメリカの中国人のアカデミックな研究者の間には、我々の知ることのない素晴らしい人間関係があったはずである。その介あって数学ではトポロジー理論で有名なチャーン-サイモンズ理論ができ、数学のノーベル賞であるかそれ以上のフィールズ賞にはチャーン賞までできた。


(う)Gilbert N. LingはMRIの発明者ダマディアンの盟友だった。

いまでは、MRIは日本のちょっとした医療機関であれば持っているだろう。


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https://www.wakayama-med.jrc.or.jp/webmagazine/detail.php?seq=91



30年ほど前では東大病院とか阪大病院とか旧帝大系の大病院でないと持っていなかった。

そのMRIは


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によって発明された。

「これができる」ということと「それができた」ということの違い、あるいは「作れる」ということと「作った」ということの違いがどれほどの違いかはだれでも分かるだろう。「できる」と主張することと「できた」と主張することは全く次元が違うことなのだ。

数学では、「できる」に当たることは「予想」(conjecture)であって、「できた」に当たることが「証明」に相当する。証明されていない言明はまだ「予想」にすぎない。

ところが、ノーベル賞は政治賞や人種差別賞だから、とにかく世界中のユダヤ系にノーベル賞を与えて、ユダヤ人が世界一だという印象操作を繰り返す。

だから、単にスケッチブックにアイデアをスケッチしただけのような論文を公表した、一つの「予想」にすぎないMRIの論文を出版した研究者に発明の優先権を与え、ノーベル賞を与えたのだ。本当にこの世にMRIを作り出し、広範囲にMRIを普及することに貢献した、このアルメニア系のダマディアンはノーベル賞を逃したのである。

では、なぜMRIが働くのか?

というと、我々物性論で使われる核スピン共鳴による核磁気共鳴(NMR)という現象で、生体内の水分子の原子核のスピンが反応するからである。

つまり、特定の周波数の高周波電磁波を放射すると、生体内の水分子の原子核のスピンが共鳴し電磁波を吸収する。したがって、水分子のある場所だけで吸収が起こる。だから、生体内の水の分布が見えるようになる。それをCTスキャンのように輪切りにして画像を取り、3次元スキャン映像を作る。こうしてMRIが誕生したわけだ。


では、そもそもだれがダマディアンに生体内の水分子が大事だと教えたのか?

実はそれがGilbert N. Ling博士だったのだ。

生体内の水分子は試験管内の水とは違う。だから、少なくとも一様ではない。均一には分布していない。

もし生体内の水分子も試験管内の水分子のように均一に分布しているとすれば、MRIをしたって意味がない。どこもかしこも全く均一に平均的に水分子が存在するはずだからだ。

しかしながら、もう周知の事実のように、生体内の水分子は高分子と相互作用しながら独特の場所に非均一に分布している。だから、そこでMRIをとると、内部の水分布がわかり、それから生体内の構造が見ることができるわけだ。しかも正常細胞とがん細胞とで水の含有量が違う。だからがん細胞も見ることができるわけだ。


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(え)Gilbert N. Ling博士の悲劇→研究費ゼロ、無職に

いまでこそ「私は水を研究している」といってもなんでもないだろう。しかし終戦直後はそうではなかったらしい。

それはロシアの「ポリウォーター事件」という科学の大スキャンダルが起こったからである。

このロシアの「ポリウォーター事件」の影響で、当時の米ソ冷戦下にあった科学世界では、「水の研究者は邪魔者扱い」「偽物扱い」さらには「キチガイ扱い」されたのである。

この風潮にまさしくLing博士がかかってしまったのである。

研究費はゼロ。就職もゼロ。

そんなわけで、リンは盟友のダマディアンの研究所で雇ってもらい、ほそぼそと水の研究を進めたのである。



(お)水とカルシウム膜イオンポンプの研究でノーベル賞

ところが、Gilbert N. Ling博士がダマディアンの研究所で研究をするうちに徐々に時代が追いついてきたのである。中でも、細胞の水はどのように取り込まれるのか、どのように排泄されるのか、こういう問題から、細胞膜には何かドアのような入り口やポンプのようなものがあるはずだということがわかってきた。

私が知る限り、最初にこの問題をまともに研究し始めたのが、我が国の田崎一二(いちじ)博士とこのリン博士だったと思う。田崎一二博士は物性論で有名な田崎晴明博士の祖父である。学者一家である。

この田崎一二博士は、イカの神経細胞を使い、戦中戦後と神経パルスがどう伝わるのかを研究した。そこで発見したことは、ノーベル賞を受けたホジキン-ハックスレ―モデルでは説明できず、実際には神経のパルス伝達時には分子の構造変化と周りの水の関与があるということを実験的に初めて示したのである。


Ling博士も同様に細胞内のほとんどすべての反応には、反応物である高分子や酵素の構造変化とその周りの水の関与がある。そういう研究を発表したのである。だから、上述のようなYangとの共同論文を一つの理論的証明として書いたわけだ。

さらに、Ling博士は、長らくの謎である、

細胞内と細胞外とではナトリウムイオン(Na+)とカリウムイオン(K+)の分布に差があるが、裸のイオンとしてはナトリウムイオンの方がカリウムイオンより小粒だから内部にナトリウムイオンがたくさん入るはずなのに、どうして細胞内ではカリウムイオンの方が豊富で外部はナトリウムイオンが豊富になるのか?

という問題において、それはイオンの周囲の水の水和の構造の違いから生じるのだという説明を行ったのである。

つまり、裸のイオンとして半径の小さいNa+やLi+の方が、水のある中では水分子をクーロン力でひきつけ、その結果として水分子の集団の衣を来たより大きな複合分子になり、逆に裸のイオンとしては半径の大きいK+の方がクーロン力が弱くなり、その結果として水分子の集団の衣が小さくなる結果、K+の方が細胞内に入りやすくなる。こういう説明を行ったのだ。

そうしているうちに、周りも研究をすすめる。そうして、細胞の周囲と内部との間の水のやり取りに関心が集まり、ついにアクアポリンなる酵素が発見され、カルシウムイオンチャンネルの研究も進んだ。その結果、彼らはLingの思想圏で研究したから、自分が発見した分子やイオンチャンネルを使い、Lingの説明をうまく採用して、結局彼らだけがノーベル賞を受賞した。


アクアポリンの発見


カルシウムイオンチャンネルの研究



まあ、ユダヤ人ならどこの国でもちょっとした発見をすればノーベル賞。その際、他人の研究からパクろうがインスパイアされようが無関係。逆に真のオリジナルの発見者や研究者でもユダヤ人でなければ、二番煎じだとか、装置が論議の的だとか、様々ないちゃもんつけられ、結局ユダヤ人の仲間にノーベル賞が与えられるのである。


そんなわけで、Gilbert N. Ling博士はさまざまの生物研究で絶大なる思想上の影響を与えたのだが、だからノーベル賞を3個くらいはもらってもおかしくはない人だったのだが、その都度ノーベル賞財団からは無視されたのである。



(か)Gilbert N. ling博士の著作

そんなわけで、Ling博士は生前いくつか重要な専門書をまとめておられた。そういうものがこれ。


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(き)Gilbert N. Ling博士の信奉者の時代へ

時代は更に進み、Gilbert N. Ling博士の追随者や後継者や信奉者やポスト・リン博士と目される研究者がどんどん出てくるようになった。

その代表格が、ワシントン大学の生物学者ゲラルド・H・ポラック博士だろう。





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これらの教科書はLing博士の思想に基づいて書かれた初の教科書である。これまでの生物学の教科書のように、生体内の反応は反応分子と生成分子だけが描かれたものだが、ポラック博士の本では、反応生成分子の周りの水分子の構造がどのようなものか描かれている。


さらには、パスカル・マントレの教科書もある。


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こうして今では「細胞内の水」は試験管内の水とは全く異なるということがわかってきたわけだ。いまやその勢いは誰も止めることができない。


こうして、Gilbert N. Ling博士は、比較的最近まで科学者として不遇の研究者の道をたどってしまったわけだが、最晩年の最近ではかなり満足されていたに違いない。



(く)おまけ

そういう私も実はかつてこのリン博士とメール交換して論文を送っていただいたりもしたのである。リン先生の論文は幸い昨年と昨日の断捨離の対象からは外れていた。まだこれから勉強しようと思っていたからだ。

そういうわけで、もう10年ほど前になるが、私が京大基礎物理学研究所の村瀬雅俊博士の研究室で講演した時のPdfがあるので、最後にそれをメモしておこう。以下のものである。



(け)おまけ2

そうそうこれを忘れてはいけなかった。

そもそもどうして私がこのGilbert N. Ling博士のことを知ったのか?

というと、岐阜大学の玉川浩久博士から、Gilbert N. Ling博士の高額の本を送って頂いたからだった。学会などでアメリカへでかけた際Gilbert N. Ling博士の本を買っては送ってくれた。

さらに、その後、アメリカからGilbert N. Ling博士の実験を再現することに成功し、いまや「水の第4の相」の伝道者になったG. H. Pollack博士の高額な教科書も送ってくれたのだ。更に最近はパスカル・マントレの教科書も送ってくれた。

こうして私は最新の水研究をほぼリアルタイムでフォローできたのである。

その際にLing博士のメールアドレスなども教えていただき、直にGilbert N. Ling博士と交流する機会にも恵まれたのだ。

このGilbert N. Ling博士がらみでお互いに知り合いになった結果、玉川博士が私の講演会に来てくれたり、お互いの論文を送り合ったり、私が必要とする論文で私が取れない論文を送ってくれたりとさまざまの交流ができたのである。

要するに、Gilbert N. Ling博士が取り持つ縁で我々の人間関係が生まれたのだ。もうかれこれ10年以上の付き合いになるだろうか。

これを機会に玉川博士に心からのお礼を述べたいと思う。どうもありがとうございました。今後とも宜しく。

この玉川博士は私同様に我が国におけるGilbert N. Ling博士の信奉者の一人である。






Gilbert N. Ling博士のご冥福を心からお祈りいたします。R. I. P.  合掌。




在りし日のLing博士の科学者魂に満ち満ちたメールの在り処も定かでない井口和基






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by kikidoblog3 | 2019-11-25 15:20 | 数・理・科学エッセイ

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