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【大学入試】何をもってフェアというのか?→【3セクター分立の概念】与野党の政治家官僚は大学へ介入すべきではない!




みなさん、こんにちは。

人間還暦をすぎるほど生きてくると、おのずと何事にも一言言いたくなるものらしい。

昨今のダマスゴミの繰り出す大学入試への左翼共産主義敵見解に基づく批判の数々に一言物申してメモしておこう。


(あ)英語教育について

戦後の日本の教育は米マッカーサーの指導下にあったGHQのお作り遊ばせたものである。だから、それまでの我が国の複線方式の国公私立の教育システムから、いわゆる6334制の学校システムに変わったのである。(「何が科学をつぶすのか?」に詳しい)

同様に、戦前は独語が第一外国で英語は第二外国語だった。戦後、独語は排除され、英語が第一外国語へと昇格した。


ところで、独語と英語は親戚である。もともと英国人はドイツ人だった。欧州のゲルマン地方の森林に住んだ金髪碧眼種がギリシャ・ローマ時代にローマに平定されローマ帝国の傭兵になり、そこから文明化し、だんだん勢力を広げ、今北欧と呼ばれる地方へまで広がったのである。

だから、英語のルーツはドイツ語であり、ドイツ語のルーツはラテン語であり、。。。もともとラテン語が欧州語の大本だった。それは、バビロニアの言語、すなわち、アーリア人の言語。更に先はアーリア人の元になったシュメール人の言語。さらにその先はシュメール人の言語の元になったスメラミコト天皇ことアヌ、すなわちシュメールの神々=ニビル人の言葉に行き着くのだ。

このニビルの言葉に一番近いのが、カナンの言葉であり、神々の象形文字から楔形文字ができ、カナン文字=カタカナが誕生した。のちにそれが古代べブル文字となり、古代イスラエルの文字になった。実はそれに一番近いのが我が国日本のカタカナ文字である。古代ヘブル文字とカタカナはほとんど同一である。

言語の変遷は人種の変遷を物語るから、ここにも日本人が世界人類の祖先であることがみてとれるわけだ。決して古代イスラエルと日本が同祖ではない。日本が祖先なのだ。ここを誤解なきように。これはDNA解析でもすでに証明されている。

当然人として生きた時間が長いということは、その間に得た情報がそれだけ多いことを意味する。人種や国家でもそうで、古い人種や古い国家ほど歴史が長いわけだから、その間の蓄積した情報や文化も多量になる。当然語彙数も増える。概念も多く残される。

というわけで、実際にドイツ語の語数は英語のそれの2倍以上だというわけだ。当然だろう。

だから、戦後英語へシフトしたことがドイツの豊かなヨーロッパ文明から米国のドライなほとんど何の文化のない殺伐とした文明へ展開したことの原因だったわけだ。事実、ドイツ人の歴史は2000年位あるだろうが、米国人の歴史は400年程度だからだ。一方、我が国は少なくとも天皇家だけで2678年。日本人なら10万年にまで遡る。

ところで、日本人の祖先を「戦後」縄文人と弥生人と区分して議論するようになったが、そして昨今ではDNA解析でそれが大方間違いで、多くの説が正反対だったことがわかった。

戦後すぐは、最初日本列島に縄文人がおり、そのあと朝鮮半島経由で弥生人が渡来した。それが天皇家だというようなものだったが、今ではそうでなく、最初縄文人系が日本列島の陸続きの時代も含めてアジア全土に広く住み、その後南アジアと北方アジアに現れた凶暴な別のアジア系に駆逐され、最終的に日本列島だけに生き残った。そしてその日本列島にも別のアジア系が南北から侵入してきた。こういうのがDNA解析の結果である。

だから、日本人のDNAにはその痕跡が未だに残り、顔貌では分からないが、大半の日本人には縄文人の遺伝子もアジア系の遺伝子も混在するのである。むろんアイヌの遺伝子もある。

つまり、縄文人と呼べば、あくまで日本列島だけの人種を表す結果になるが、実際はアジアはおろか北中南米まで海岸経由で進出していたのである。




インカの子孫の大半は日本の大和民族ルーツであることがDNA解析で証明されている。実際、征服者のスペインの子孫の研究では、インカの最初の王様が日本人だったという衝撃の研究が残されているが、現在は発禁本で秘匿されている。北米のナバホ(縄穂)インディアンも日本人と相当に近い。

というような理由から、縄文人という呼び方は非常に誤解を生む。むしろ最初から太陽崇拝の日本人だったとしたほうがわかりやすいし自然である。

実際、インカも太陽崇拝だったし、エジプトの超古代ではラーが太陽崇拝であった。太陽崇拝の民族はみな似た顔貌をしているし体型も似ている。ルクソール神殿の石像はほとんど日本人である。それが3000年頃にヨーロッパ人の先祖のアーリア人の侵入で植民地化されて混血したわけだ。それが今のエジプト人にすぎない。その最後の王子がトートアンクアムン=ツタンカーメンである。古代のエジプトの神々の顔体型とクレオパトラのそれとは全く別である。

この縄文系の人種、すなわち大和民族あるいは日本人のことを古代史研究探検家の高橋良典氏は「カラ族」「クロ族」「コロ族」「ケル族」と呼んだ。KR,KL, CR, CLのつく民族である。

これが、欧州では、イタリアのクレタ島のクレ、ドイツからイングランド全域にいたケルト族のケル、東欧のクリル族やクリミヤのクリ、それより先の東の中央アジアのキルギス、契丹(キッタン)のキル。さらに極東に進んでカラ(唐、高麗、加羅)のカラ、南中国の呉のクレ、高麗、高句麗のコロとなったという説だ。むろん、チベット、ブータンにもこの種族がいるし、南インドにもいる。

というわけで、縄文人より日本人あるいは倭人とした方が都合がいい。


だいぶ話があっちこっちへとんだが、最近はそういうのをそのままにしている。即興の良さである。


要するに、ドイツ語のほうが英語の母体であって、英語よりドイツ語が世界語になったほうがマシだったわけだ。しかしながら、英語が世界語になった。

その結果が今の世界だ。マネタリズムと戦争とポルノの世界になった。スポーツとセックスとスクリーンの3Sの世界だ。偽ユダヤ人もドイツや東欧にいた者の方が米国で育った者よりずっと人としてのレベルが高かった。

だから、英語ベースの教育が良いということにはならない!

ということをあくまで英語教育真っ盛りの今の日本の文科省行政に物申しておこう。英語はあくまで商売道具にすぎない。そう考えるべきだ。

だから、やはり最重要課題は日本人が日本語の教育をもっと大事に行うことである。

特に幼少期は日本人脳をつくる意味でも日本語が大事になる。さもなくば、外人ハーフタレントのような変な日本人になってしまう。

こうなると、どこの国民でもない根無し草人になる。アイデンティティが作れないのである。そうなれば、その個人にとって不幸である。

ハーフでも日本へ生まれたらアメリカンスクールへ行くのではなく、日本の学校へ入学すべきである。あるいは、父や母の母国へ戻るべきだ。これは朝鮮人にも言えることだ。


ところで、なぜ英語教育、それも早期教育が流行りだしたか、なぜ外人の英語の先生がここまで増えたか?

これについてはまたいつかメモするだろう。

実はこの問題と最近の英語試験の外注のベネッセの問題と同根だったのである。これについてもまたいつかメモすることもあるだろう。

一言で言えば、文部行政の官僚の天下り先の確保である。もう常識だろう。


(い)大学入試について

実はこっちの問題の方をメモするはずだったが、あらぬ方向へ行ったからこれが二番目になってしまった。

大学入試は米国では、大学の独断と偏見で決めるのだ!

だから、大学ごとにやり方も基準も違う。共通試験のSATやTOEFLなどはあくまで最低線の通過ハードルにすぎない。共通試験のSATやTOEFLなどは「足切り」のツールであり、実際はインタビューでリクルートするのである。インタビューが非常に重要で、面接官の方からやってくる。

大学は人が人を評価するという一般社会の最初の実例になる。

これを野党のおバカ朝鮮人議員たちは知らないらしい。あるいは意識的に無視している。


大学入試を100%フェアにやれ!

そういうふうに野党やパヨクや左翼や共産主義者がのたまう。

しかしそれは100%不可能である。

むしろアンフェアのことがたまに起こるほうが良いのだ。そのことをメモしておこう。


まあ、我々理論物理学者でなおかつスピリチュアルもオカルトもなんでもござれの人間には常識だが、「何かが起こる」ということは、「神の采配」なのである。


面白い例をメモしておこう。

ついちょっと前にノーベル物理学賞にかすった、普通の言い方では、ノーベル賞を取り損なった東大物性研の昔ユタ大学で私が大変お世話になった甲元真人先生は、なぜシカゴ大学へ留学したか?

というと、当時日本の大学は東大も含めて学園紛争の真っ盛りで、東大の大学院の入試が中止になったからだという。その次にはなんと無試験入学になったとか。

そんな東大に愛想が尽きてシカゴへ留学したらしい。その結果、天下のカダノフ先生のお弟子さんになった。


次が、我らが保江邦夫先生の場合。保江先生も大学紛争で東北大学が大変な状況だった。

なんとそれが幸いしてあまり受験生が来なくて無事入学できたという。さらに専門課程の選抜で、5人しか入れない数理物理の天文学科の選抜時には、大学紛争で5人しか試験を来なかった。だから難攻不落の天文学科に難なく入れたんだという。


つまり、大学紛争で大学入試がおじゃんになった結果、東大の甲元先生と京大の保江先生が生まれたのである。短い目でみれば悪いはずの大学紛争が、長い目で見たら良い結果も生んでいたわけだ。


これのどこに大学入試試験のフェアネスが存在するというのか?


翻って私の場合も似たようなものだ。

私がユタ大の大学院へ入学するとき、すでにゆうに28歳を超えていたため、しかも英会話はまったく想定していなかったために、まったくTOEFLのヒアリングが聞き取れず、なかなか合格できなかった。

そこで現地合格の条件付きでなんとか進学できたが、そこでもなかなかパスしなかった。そのうちお金がもったいないから受けずにいたら、大学当局から呼び出しを食らい、「これがどうなったか?」と尋問を受けた。だから、俺は「もうTAとして物理のクラスを教えているさ」と自慢したら、「なんだOK」ってなったわけだ。

ここにフェアネスはあるか?

何をもってフェアというのか?

単に採点が機械的ならフェアであるのか?あるいは、評価が人道的ならフェアなのか?どっちだ?

あるいは、コンピュータがテストすればフェアなのか?AIならフェアなのか?


こんなものはクソくらえだ。

おっといけない。この脱糞攻撃は朝鮮人のものだった。

どんな試験を行おうが、完璧なものはありえない。人間が作り、人間が実施し、人間が採点し、人間が評価するものだからだ。


むしろ、甲元や保江や井口の例にもあるように、その時々の流れや運命に身を任せるべきだ。

だから、あまりガチガチに大学入試を考えるべきではない。

捨てる神あれば、拾う神あり。

落ちる大学があれば、受かる大学がある。


これも神の采配である。


それが自分の運命であり、自分の人生である。それを認めてエンジョイすべきだ。


100%フェアの試験でも落ちるやつは落ちるし、受かるやつは受かる。

自分は試験制度の不備で不合格になった。100%フェアにすれば、自分だったら合格したはずだ。

こういうふうに思いたい気持ちはわかるが、これこそ朝鮮脳にすぎない。


仮に日本医大が女子を低く評価し、女子を医学部へ入れなかったとしよう。それはそれで理由があったわけだ。

実際、女性はまず血を見たら気を失う、血を嫌う。あたり前だ。生物学的にそうなっている。女性は出産するから、子供が感染症にかからないように、血には強く反応するわけだ。

だから統計的に見ても、女性は理系学科が嫌いである。よって理系の一部の医学部へはあまり入るものがいない。

また、実際の業務や手術も長時間で体力を要する。医師になるまでの訓練も長時間で体力を要する。

こういった業務からくる必然的な過酷さから経験的に女性が医学部へ入っても長続きしないし、外科医にならず楽な内科医を選ぶとか、いずれ結婚して止めてしまうとか、さまざまの要因があり、女子の入学は控える伝統ができたに過ぎない。

だいたい女医は夫以外の男子の体を触りたがらない。息も嫌だと思う。本能的に汚れたものと見るのである。




このことからも解るように、大学入試というものは、パヨクが考えるようなものではないし、パヨクが思うような歴史でもない。

大学にはそれぞれの歴史と伝統がある。だから、試験にもそれぞれの歴史と伝統に基づいて行うべきなのだ。

これが私が言った「三セクター分立の概念」である。

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それが与党であろうが野党であろうが政治家が大学へ介入するのはよろしくないのである。大学は政治セクターや企業セクターとは分離独立した大学セクターであるべきのだ。

大学の入学判断が間違えば、その結果が卒業生の活動として現れる。

たとえば、有名私立が韓国人をほとんど無試験で留学させた結果、早慶明治などの私立大学に「やりサークル」やスーパーフリーができた。

岡潔が生きておれば激怒したことだろう。






弥栄!



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by kikidoblog3 | 2019-11-16 12:18 | 日本社会

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