人気ブログランキング |

ケムトレイルない快晴だった!:富士山と八ヶ岳は常に表情を変えた!




みなさん、こんにちは。

さてこの連休から昨日まで私は山梨へ戻っていた。2週間前の弟からの父危篤の連絡で急遽山梨へ帰郷して以来一段落したものの、何ヶ月も前からの当初の予定通り、この連休もまた山梨へ予定通り帰ったのである。

前回は台風19号による災害の後で、大月が崩落し電車が不通。それで静岡周りで南甲府に降り立った。今回は全面復旧していたから予定通り飛行機で羽田経由で特急かいじで石和に降り立った。年に2度の帰省。

こんなことはこれまでなかったが、今回はいくら父親の状態が死を逃れたからといって回復する兆しはないから、最後の今生のお別れのために行ったのである。

そして前からの予定通り、私がかねてから一度行きたいと思っていた山梨県の北杜市の小淵沢へ行ったのだ。

北杜市は杉田元宜博士が晩年に過ごした場所であり、現役時代に都内の自宅の他に北杜市に別荘を構えておられたその地であった。

そんなわけで一度訪問しておこうと思っていたのだ。

私が小淵沢のどこに泊まり、どこそこへ行ったとメモすると、多くの人がそれを模倣し、相手方にご迷惑となる場合も多々あったから、そういうことはメモしないが、そこ小淵沢からみる富士山と直ぐ側の八ヶ岳の姿はとてつもなかった。

私が山梨で生活したのは18歳までだから、子供の自分がみた富士山や八ヶ岳の印象と62歳になった今の自分が見る富士山と八ヶ岳はまったく違うものだった。

周りには山ガール、山ボーイ。山爺山婆さんも多々いたが、我々は山歩きが目的ではなかったから、小淵沢周辺を歩くだけで十分だった。

ところで、山ガールは電車内でも真っ昼間から平気で缶ビールの一番搾りをスパっと開けて飲んでいた。

結婚できない男、まだ結婚できない男どころか、結婚できない女、まだ結婚できない女たちもたくさんいるに違いないと思ったよ。

我々が一番感心したのは、小淵沢駅の展望台からみた富士山と八ヶ岳だった。

そんなものをいくつかメモしておこう。残念ながら私はガラケーでスマホを使っていないから解像度が500Kレベルのものである。ちなみにスマホは2Mレベル。


昼の富士山と八ヶ岳
ケムトレイルない快晴だった!:富士山と八ヶ岳は常に表情を変えた!_a0386130_15522640.jpeg
ケムトレイルない快晴だった!:富士山と八ヶ岳は常に表情を変えた!_a0386130_15530851.jpeg
ケムトレイルない快晴だった!:富士山と八ヶ岳は常に表情を変えた!_a0386130_15532202.jpeg

夕方の富士山と八ヶ岳
ケムトレイルない快晴だった!:富士山と八ヶ岳は常に表情を変えた!_a0386130_15534978.jpeg
ケムトレイルない快晴だった!:富士山と八ヶ岳は常に表情を変えた!_a0386130_15540801.jpeg

朝の富士山と八ヶ岳
ケムトレイルない快晴だった!:富士山と八ヶ岳は常に表情を変えた!_a0386130_15542685.jpeg
ケムトレイルない快晴だった!:富士山と八ヶ岳は常に表情を変えた!_a0386130_15554480.jpeg
私にとって父はこの富士山のような存在だった。


見る時間によってその表情が変わる。

杉田先生はこんな風景を見ながら余生を静かに過ごしたのだろうか?


それにしてもこの連休中まったく雲のない快晴だった!雲がないということはケムトレイルがないということだ。

つまり、この連休中はまったくケムトレイルのない快晴だった!


なぜ?

まだわからんのかいな?血の巡りが悪すぎだ。

米国では11月1日から11月4日はサンクスギヴィングデーの4連休だ。国内のすべてが休みになる。これがアメリカの伝統である。

したがって、米軍も帰郷し皆休みになる。つまり、ケムトレイル機の乗務員も家に帰る。

言い換えれば、年がら年中日本全土の空に大きな飛行機雲をたなびかせるジェット機は米軍のものだということになるわけだ。

米軍こそ諸悪の根源。世界の悪。

お後がよろしいようで。




弥栄!







ケムトレイルない快晴だった!:富士山と八ヶ岳は常に表情を変えた!_e0171614_11282166.gif

by kikidoblog3 | 2019-11-07 16:02 | ブログ主より

井口和基の公式ブログ 3


by kikidoblog3