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【岡潔】岡潔の青春時代の写真を発見!岡潔の親友は芥川龍之介を唸らせた唯一の男だった!

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父の言葉
日本人が櫻が好きなのは其の散り際が潔いからである。
−− 岡潔





みなさん、こんにちは。

最近の保江邦夫先生のご著書にもたびたび岡潔が登場するようになった。

というのも、次の関係があるからだ。

保江先生の師匠は湯川秀樹。

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その湯川秀樹の数学の先生は岡潔と秋月康夫。特に岡潔。




さらに、その岡潔の同僚が哲学者でその後不世出の坊さんになった山本空外和尚さん。




そして、その山本空外和尚が帰依したのが、山崎弁栄和尚。




そして岡潔の師匠がこの山崎弁栄和尚。

つまり、

山崎弁栄→山本空外→岡潔→湯川秀樹→保江邦夫→....

という流れがある。

湯川秀樹博士の墓は、その山本空外和尚の墓の横に設置されたという。

これを真似て、

保江邦夫博士の将来のお墓、YASUEの墓、は、伯家神道の師匠である高濱清七郎の横にあるという。

とまあ、そんなふうの系譜がある。


ブログ1

ブログ2





さて、一方の俺の方というと、形式的には、


ゾンマーフェルト→フェルミ→楊振寧→サザーランド→カズモト・イグチ

となっているが、あまりのビッグネームに俺はいつもため息が出る。無精無精の弟子である。

一応、フェルミとボースの統計を融合したハルデーン統計で論文を出したことで勘弁してもらおう。すんません。



さて、だいぶ前置きがずれたが、その岡潔のお顔というと、だいたい老人の時の顔しか知られていない(のではないか)。

というわけで、最近、偶然にも若い日の岡潔の顔を見つけたので、一応それをメモしておこう。


一番若い頃。フランス留学時。
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岡潔の親友、宇野治宇二郎(じうじろう)とその妻
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 「今はその青年の名も覚えて居(お)りませんが、その作品が非常によかつたので、(中略)その青年の事は、折々今でも思ひ出します」。芥川龍之介が随筆「一人の無名作家」で激賞した青年、それが中谷宇吉郎の2歳下の弟・治宇二郎(じうじろう)(1902~36)だった。



また、岡潔の娘さんの岡さおりさん、現松原さおりさんがおられたようだ。これである。


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――「人は本当は不死である」というお言葉もありますね(「波」2016年3月号表紙筆蹟)。「自分」の本体は、生滅する肉体の中にはないのだと。この信念を、ご生涯は体現しているようにも感じます。

 父は私たちによくこう言いました。「何かやりたいこと、成したいことがあったら、一生それを思い続けなさい。一生思い続けて駄目だったら、二生目も、三生目も思い続けなさい。そうすれば、やがて実る」。

 岡潔に関してとにかくびっくりするのは、普通の人には見えないところまで、ものが見えたということです。父の前に座って何も口にしなくても、私が何を考えているか、見通していたでしょう。

 表面に出てきた事物を見て、出るに至る心の軌跡を見通してしまうのです。世間的、物質的なことにはとらわれず、心を綺麗にして、真摯に自我を張らずにやっていると、段々心の目がよく見えてくるのでしょう。

 こういうことができたのは、父の人間が古いからなのだと私は思っています。何生も生きてきたその「生」の数が多いのでしょう。積み重ねてきた経験がたくさんあるから、ずっと先の方まで見通すことができた。そういう意味で、父は古い人間で、誰よりも心優しく、信頼できる人でした。



この記事は非常に興味深い。


岡潔の精神性はこの娘さんに確かに受け継がれていたようだ。


また、数学の本の翻訳や一般書をだしている高瀬正仁という人の随筆も面白かった。


 細山さんのお母さんはあいさんという人で、小山家に生まれて藤野家に嫁いだのですが、ある時期から光明会のお念仏を唱えるようになりました。光明会というのは浄土宗門の山崎弁栄上人を慕う人たちの集りで、弁栄上人が提唱したお念仏は光明主義と呼ばれています。岡先生も光明主義のお念仏に熱心に打ち込んでいた一時期がありましたが、岡先生をこの方面に導いたのは藤野あいさんです。
 藤野家は奈良の橿原の八木にありました。細山さんのお父さんは藤野権一郎という人で、何か事業をしていたようですが、あるとき大きな失敗をして無一物になるということがあったそうです。どのような事業をしていたのかとか、詳しい事情はうかがいませんでした。おそらくそんな苦境に陥った時期のことと思うのですが、八木の国分寺に権一郎さんが供養塔を作りました。国分寺は浄土宗で、そこのお坊さんが光明会のことを話してくれたのがきっかけとなって、京都の光明会に参加しました。昭和7年(昭和6年だったかもしれません)の年初のことで、1月2日から7日までの五日間、京都信重院のお別時に参加したのですが、このお別時の後、人が変わったように温和になりました。その様子を見てあいさんも光明会に加わり、御両親の感化を受けて細山さんもお念仏をするようになりました。
 広島に移ってからのことになりますが、広島市白島に佐々木為興上人のお寺があり、光明会の集まりがもたれていましたので、細山さんもときどき出席しました。
 広島文理科大学はその名の通り文科と理科の二部制になっていて、岡先生は理科の教員でしたが、文科の教員の中に山本空外上人がいました。空外上人は倫理学の教員でした。愛媛の松山高等学校の出身で、松高時代に弁栄上人に出会った経験があります。広島で原爆の惨劇を目の当たりにして衝撃を受け、戦後、出家し、やがて光明修養会の上首(代表者というほどの意味です)になりました。広島時代にはまだ出家の前ですから上人ではなかったと思いますが、お念仏と無縁だったわけではないようで、細山さんは空外上人を訪ねたこともあると話してくれました。
 昭和11年6月のある日の夜、岡先生が行方不明になるという出来事がありましたが、このときは教え子の学生たちも集って、牛田山に入って岡先生を探したそうです。
 それから二年後の昭和13年6月、岡先生は帰郷して紀見村の日々が始まることになりますが、そのころから岡先生もまたお念仏に関心を示し始めました。ただし長くは続かなかったようで、昭和14年の夏に高野山でお別時があったとき、岡先生は母の八重さんを連れていきましたが、御本人は参加せずにもどってきてしまったのだそうです。岡先生が真剣にお念仏に打ち込みはじめるのは昭和20年の末ころからです。大東亜戦争の敗戦の衝撃を受けたのでしょう。


このページから前後に移動すれば、この人がフィールドワークした岡潔の姿がわかる。


こんな按配で、岡潔が

情緒、生まれ変わり、不一不二、物理学批判、。。。

と、いま保江邦夫博士や私がやっているようなことを1960年代〜1970年代にすでに行っていたわけだ。




この「不一不二」について岡潔博士はこう言っていた。
【 8】 個人主義と物質主義

そうすると人が現実にその中に住んでいる自然は、単に五感でわかるようなものだけではなくて、無差別智が絶えず働いているような自然でなければならない。

ところが無差別智というのは個に働くのです。だから無差別智の働きというと個の世界の現象です。しかし個の世界は二つの個が一面二つであり、一面一つでなければならない。こういう世界です。だから個の世界は数学の使えない世界です。。

これに反して、物質的自然は数学の使える世界です。だから人は物質的自然には住んでいないのです。

物質さえわかれば全てわかるという考え方、間違ってますが、これを物質主義といいます。また肉体とその機能とが自分であると、そういいましたね。肉体とその機能とが自分であるというのも間違いですね。まあ間違ってるとはっきり言えないまでも、自然科学の間違いから来てるということでしょう。これを個人主義というのです。

肉体とその機能とが自分であるというのが個人主義、物質がわかれば皆わかると思うのが物質主義。どうも物質主義、個人主義が間違った思想の基だと、そう思います。

で、自然科学は間違っている。それから仏教はどういうか一応聞きました。この後、自分の目で見、自分の頭で考えて行ってみる。
【6】 数学の使えない世界

この、第2の心の世界ですが、二つの第2の心は二つとも云える、一つとも云える。
不一不二と云うんです。不一不二と云ったら二つとは云えない一つとも云えないのですが、この自然と自分とは不一不二、他人と自分とも不一不二、こう云う風。
この第2の心の世界はその要素である第2の心は二つの第2の心が不一不二だと云うのだから数学の使えない世界です。
又この世界には自分もなければ、この小さな自分ですよ、五尺の体と云う自分もなければ、空間もなければ時間もない。
時はあります。
現在、過去、未来、皆あります。
それで時の性質、過去の性質、時は過ぎ行くと云う性質はあります。
しかし時間と云う量はありません。
そんな風ですね。
自分もなければ空間もなければ時間もない。
その上数学が使えない。
物質はここから生まれて来て、又ここへ帰って行っているのだと云う意味になることを、山崎弁栄上人が云って居られる。
そんな風に不一不二だから目覚めた人はこんな風になる。

花を見れば花が笑みかけているかと思い、
鳥を聞けば鳥が話しかけているかと思い、
人が喜んで居れば嬉しく、
人が悲しんで居れば悲しく、
人の為に働くことに無上の幸福を感じ疑いなんか起こらない。

こんな風です。



徐々に岡潔の情緒や警鐘が復活しつつある昨今、実に好ましい動きである。


ブログ1時代からずっと岡潔をメモし続けてきた私としても嬉しい限りである。




弥栄!






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by kikidoblog3 | 2019-12-12 19:43 | 岡潔・数学・情緒

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